『ハドソン川の奇跡』感想とイラスト 働く人たち

映画『ハドソン川の奇跡』トム・ハンクスのイラスト

155人の命を救った男の判断は間違いだったのか?彼は選択を誤った罪人なのか?英雄と呼ばれた男の光と影。これは清濁含めて人間を見つめるイーストウッド流の人間賛歌だ!

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目次

『ハドソン川の奇跡』感想とイラスト 働く人たち

  1. 作品データ
    1. 予告編動画
  2. 解説
    1. あらすじ
  3. 感想と評価/ネタバレ有
    1. 闇から生まれしもの
    2. 米式お仕事映画
    3. 155の重み
    4. 嫌味なほどにうまい

作品データ

『ハドソン川の奇跡』
Sully

  • 2016年/アメリカ/96分
  • 監督:クリント・イーストウッド
  • 原作:チェズレイ・“サリー”・サリンバーガー/ジェフリー・ザスロウ
  • 脚本:トッド・コマーニキ
  • 撮影:トム・スターン
  • 音楽:クリスチャン・ジェイコブ/ザ・ティアニー・サットン・バンド
  • 出演:トム・ハンクス/アーロン・エッカート/ローラ・リニー

予告編動画

解説

かの災厄がまだ記憶に新しい2009年のニューヨークで起きた史上類を見ない航空機事故からの生還と、その後の知られざる真実を描いた伝記ドラマ。実際に起きた「USエアウェイズ1549便不時着水事故」の映画化です。

監督は御年86歳の生ける伝説クリント・イーストウッド。主演は2度のアカデミー主演男優賞に輝くこれまたハリウッドの伝説トム・ハンクスで、これが初のタッグ作。共演に『ダークナイト』のアーロン・エッカート、『コンゴ』のローラ・リニーなど。

徹底的なリアリティにこだわったイーストウッドは、救助隊やボランティア、刑事、ニュースキャスターにパイロットなど、実際の関係者を本人役で多数出演させたとのこと。ゆえにクレジットが「himself」「herself」だったのですね。やることが半端じゃねーわ!

あらすじ

2009年1月15日。乗員乗客155名を乗せたUSエアウェイズ1549便が、ニューヨーク・マンハッタン上空でバードストライク(鳥との衝突)により両エンジンが停止、大都会の真上で墜落の危機へと陥る。

機長のチェズレイ・“サリー”・サレンバーガー(トム・ハンクス)は苦渋の決断の末、ハドソン川への不時着水を決行、見事に成功させ、ひとりの犠牲者も出さずに奇跡の生還を果たす。この事実は「ハドソン川の奇跡」と称えられ、サリーは国民的英雄として迎えられる。

しかしその裏側では、彼の決断は本当に正しかったのか否か、NTSB(国家運輸安全委員会)による厳しい追及がサリーを待ち受けていたのだった……。

感想と評価/ネタバレ有

齢80を越してもいまだ衰え知らずの性欲と創作意欲を誇る生ける伝説、クリント・イーストウッド。そんな性欲モンスター、もとい創作モンスターであるイーストウッドの監督第35作目にあたる本作『ハドソン川の奇跡』。『J・エドガー』から続く実話ものの一作です。

『ヒア アフター』以降、純然たるフィクションを撮っていないのは少し残念でもありますが、これは傑作『グラン・トリノ』でキャリアの完成形を提示したということで、現在のイーストウッドはより現実志向に傾ているということの表れなのでしょうね。

現実の光と闇を通して何を描き出すのか?なんにせよ、彼のことを心の師と仰ぐボクといたしましては、こうして新作を拝めることだけで信じてもいない神に感謝の祈りを捧げたい。正直あと何作拝むことができるのか、こればっかりは神のみぞ知るですからね。

てなわけでありがとう神様。都合のいいときだけ愛しいあなたにこの駄文を捧げます。それに免じてこの感想がネタバレ全開になることもお許しください。ご覧のとおり神の許しも受けたことですので、この感想、ネタバレ全開でお送りしますよ。注意してね。

闇から生まれしもの

映画冒頭、クレジットとともに緊迫する声、音、危機がいきなり映し出されて面喰らいます。なんの説明もなしにいきなり事故シーンから殴り込みをかけてきた無駄の排除。そこからこの物語を始める気なのだなイーストウッドと思っていたら、ボクの目に驚愕の映像が。

2001年にここニューヨークを襲った忘れられない災厄の再現。我が眼球に焼きついたあの悲劇のフラッシュバック。「墜ちてんじゃね~か~!」と思ったらホッと胸をなでおろす夢オチでありました。監督いわく、この物語に自分が付け足した唯一のシークエンスだとのこと。

起こりえたかもしれないもうひとつの現実を描き出す厭世家としての面目躍如。唯一の付け足しがこの邪悪さで、しかもそれを最初に配置してくる底意地の悪さ。この爺さまの闇は本当に底が知れませんが、IMAXカメラによって撮影された本作はいつになく闇が大人しい。

いや、闇の焦点が絞られていると言ったほうが的確かな?本作で映し出される闇、影の描写はほぼサリー本人に限られております。前述した悪夢からの目覚め、妻との電話、夜のランニング、そのたびに彼の背後には闇が、顔には影が差し込んでおります。

闇から浮かび上がるサリー(トム・ハンクス)の顔。英雄に祭り上げられた男に差し込む影。事故の後遺症(PTSD)、自身に向けられた疑惑、揺らぐ信念と心、英雄視されることへの実感のなさ、プライベートでの経済的問題、トム・ハンクスの抑えた演技もあいまって、およそサリーは映画のヒーローらしくありません。

米式お仕事映画

前作の『アメリカン・スナイパー』でも英雄視されることへの実感のなさが描かれておりましたが、これはつまりクリス・カイルも、本作の主人公であるチェズレイ・“サリー”・サレンバーガーも、いわゆる英雄などでは断じてないということ。

ではなんなのかと申しましたら、ただ自分に与えられた職務を全うするだけのプロフェッショナルなのです。仕事のために敵を160人殺した男と、仕事のために155人の命を救った男。妙な符合ではありますが、これもまたイーストウッド流の光と闇なのでしょう。

実像と虚像との乖離。ひとり歩きしていく英雄としての虚像の裏側で、サリーは起こりえたかもしれない最悪の事態、NTSBによる追及、失職、経済問題に恐怖するただの男としての姿をさらし続けます。これが俺たちの英雄の真実の姿だと言わんばかりに。

しかしここにクリス・カイルのときのような批判的ニュアンスは感じとれません。あるのは等身大の男にふりかかった苦難への共感と、そのプロ意識と仕事に対する最大限の敬意。それはサリーとて同じことで、この思いがけない困難のなかで精神的に追い詰められながらも、けっして自分の仕事に対するプロ意識と信念、そして仲間への信頼を揺るがすことはありません。

だからこそ自分は英雄ではないし、今回の生還は奇跡ではないと断言できるのです。クルー全員の経験と、冷静さと、信念と、プロ意識の賜物。それはUSエアウェイズ1549便の乗員だけにとどまらず、今回の救出劇にかかわったすべての機関に言えること。

つまりこの『ハドソン川の奇跡』は実際に起こった信じられない奇跡を描いた映画ではなく、それぞれの人間がそれぞれの場所で最善を尽くしたことによって最良の結果をもたらすことができた、お仕事映画だったというわけ。おおっと!『シン・ゴジラ』との奇妙な符号ですな。

日本への夢を託された虚構のお仕事映画と、アメリカの理想を忘れまいとする現実のお仕事映画。ともに興行的な大成功を収めている事実から見ても、両国ともに自国への信頼と理想と夢を取り戻したいのでしょうね。

155の重み

けっして派手とはいえない、おそろしく地味で静謐なお仕事映画である本作。イーストウッドの無駄がない演出、トム・スターンの映像、巧みな編集、静かに映画を彩る美しい劇伴。映画スタッフのプロフェッショナルなお仕事ぶりにも頭が下がります。

プロとプロとの見事なコラボレーション。そしてそのはざまにいる市井の人々。彼らの小さなドラマを忘れていないところが本作のチャーミングさ。サリーを英雄視する人々、事故を目撃した人々の視線、そしてこの困難を共有したことにより確固たる絆で結ばれた乗客たち。

プロの仕事に徹した勇気と決断と信念を描くと同時に、彼らの恐怖と安堵と喜びを描いていたやさしさには、思わずゲスの目にも涙が。安堵の泣き笑いを浮かべるゴルフ親子が非常にいい味を出しておりました。

そして最高だったのは何度も生存者の数を確認するサリーのくだり。ここまで英雄とは程遠い姿をさらし続け、ある種の疑念を静かにまき散らしていたサリーという男が、乗員乗客の命を預かっているという覚悟のもとに日々の仕事を全うし続けてきた、まごうことなきプロであることが判明する名シーンです。

嫌味なほどにうまい

つまりはすべての根っこは闇も光も含めた人の力であるということ。ハドソン川への不時着水というサリーの判断は正しかったのか?ほかの選択肢はなかったのか?その是非を問うラストの公聴会での一幕がその事実を雄弁に物語っております。

シミュレーターによる事故再現映像の緊迫感のかけらもないボケボケと、とうとう満を持してそのすべてをつなげて見せた実際の208秒間の瞬きも許さない生と死の相克。一瞬の判断が生死を分けるギリギリの緊張感。そこで繰り広げられる各々の闘い。決断。

人の光と闇を常に見つめながら、けっして人を見限らない。これは厭世家イーストウッドによる人間賛歌。光も闇も含めて、いや、その両輪が揃っているからこそ人の力は素晴らしい。エンドロールで映し出されるサリー本人と乗員乗客たちの姿がその確たる証明。

こんな濃密な物語を96分というコンパクトさでまとめあげてしまったイーストウッドの無駄がない、それでいて的確すぎる演出のうまさ、妙には、本当に感嘆の二文字しかありません。彼の爪の垢を煎じてその喉に無理から流し込んでやりたい監督は星の数ほどおりますね。誰とは申しませんけどノーランとかイニャリトゥとかタランティーノとか。

ホントにゼロ年代に突入してからのイーストウッドのうまさは嫌味なほどでして、どうにかして粗捜しをしてやろうと目論むものの、これがまた見つからないから始末に悪い。しいてあげるならサリーが奥さんのもとへと帰っていくシーンが見たかったことぐらいかな。

しかしこれにしても、「お前らこの映画を観ているあいだずっとそういうラストを想像してただろ?期待してただろ?だったらもういいじゃん。それはもう観たと同じだよ」な~んて言われそうだもんね。彼の失敗を見てみたいような見たくないような複雑な心持ち。

いや、失敗作でも最高傑作でもなんでもいいから、一本でも多く彼の撮る映画を観続けていたい!神様!あんたのことはビタイチ信じておりませんが、こんなに純粋なボクの願いをどうか聞き届けてください!都合のいいときだけ愛しいあなたへのボクからのお願いよ♥

個人的評価:8/10点

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コメント

  1. 通りすがり より:

    イーストウッド監督の客観的な目線での映画製作は毎回安心して見れる作品を生み出してると思う。だからこそ地味で決して派手な展開も多くないけど、偏ってない淡々とした映像作品を作っていってほしい。

    • spikerod より:

      通りすがりさん、コメントありがとうございます!

      イーストウッドは一部ではゴリゴリの保守でマッチョだと思われていますけど、この人は保守は保守でもかなり異質な保守でして、実際は非常にバランスのとれたものの考えた方をしている人なのだと思います。だからこそ人間の、現実の光と闇に目を向け、物事の本質を客観的に見極め、押しつけがましくないかたちで映画へと落とし込んでいる。ゆえに『アメリカン・スナイパー』のような賛否両論も起こりうるわけですね。やはり現役最強の映画監督と言って差し支えないでしょう。本当に一本でも多くの映画を撮ってほしい。生涯現役で!あと最低10年は!

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