『イースタン・プロミス』感想とイラスト クローネンバーグの成熟と不変

映画『イースタン・プロミス』ヴィゴ・モーテンセンのイラスト(似顔絵)

クリスマスのロンドン。真っ赤な鮮血をしたたらせながら崩れ落ちた少女の無念。聖なる夜の忘れ形見。大丈夫、安心して。この街には黒いサンタクロースがいるから……。

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目次

『イースタン・プロミス』感想とイラスト クローネンバーグの成熟と不変

  1. 作品データ
  2. 解説
    1. あらすじ
  3. 感想と評価/ネタバレ有
    1. 東欧の契約
    2. アンナの想い
    3. キリルの弱さ
    4. ニコライの強さ
    5. クローネンバーグの不変

作品データ

『イースタン・プロミス』
Eastern Promises

  • 2007年/イギリス、カナダ、アメリカ/100分/R-18
  • 監督:デヴィッド・クローネンバーグ
  • 脚本:スティーヴ・ナイト
  • 撮影:ピーター・サシツキー
  • 音楽:ハワード・ショア
  • 出演:ヴィゴ・モーテンセン/ナオミ・ワッツ/ヴァンサン・カッセル/アーミン・ミューラー=スタール/イエジー・スコリモフスキ

解説

狂気と恐怖とやさしさを併せ持った危険な魅力のセクシー中年がサウナを舞台にあられもない姿をさらす、ロンドンで暗躍するロシアン・マフィアによる人身売買の実態を描いたクライム・サスペンスです。

監督と主演は『ヒストリー・オブ・バイオレンス』で絶妙のコンビぶりを示したデヴィッド・クローネンバーグとヴィゴ・モーテンセン。共演にナオミ・ワッツ、ヴァンサン・カッセル、アーミン・ミューラー=スタールなど。

ナオミ・ワッツ演じるアンナの伯父ステパン役で、『アンナと過ごした4日間』『イレブン・ミニッツ』で知られる映画監督のイエジー・スコリモフスキが出演しております。本業ではないくせにいい味出してんだわこれが。

あらすじ

クリスマスを目前に控えたロンドン。助産師のアンナ(ナオミ・ワッツ)が働く病院に身元不明の少女が危篤状態で運ばれてくる。少女は妊娠中で、なんとか子供の命は救うことができたのだが、彼女は治療の甲斐もなく静かに息を引き取ってしまう。

少女のバッグからロシア語の日記を見つけたアンナは、孤児となった赤ん坊のためになんとか身元を割り出そうと、日記に挟まれていたカードを頼りに“トランスシベリアン”というロシア料理店を訪れる。

その店の前で、ニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)という謎めいた男と出会ったアンナ。彼は店主の息子キリル(ヴァンサン・カッセル)の運転手で、その父親であり店主のセミオン(アーミン・ミューラー=スタール)は、ロンドンの裏社会を牛耳るロシアン・マフィア(法の泥棒)のボスであった……。

感想と評価/ネタバレ有

『ヒストリー・オブ・バイオレンス』に続くクローネンバーグとヴィゴ・モーテンセンのコンビ作。長年クローネンバーグの映画を追いかけ続けてきた人間にとっては、ある意味では枯れたとも表現できる落ち着いた真面目な作風に面喰らったことでしょう。

それを喰い足りないと感じる方もおられるでしょうが、ボク的には成熟、進化ととらえ、彼の個性を殺すことなく普通にいい映画を撮ったという事実に驚き、歓喜したものです。事実、これ以降に発表したクローネンバーグの作品はまったく枯れてなぞおらんかったわけですから。

齢70を越してもまったく枯れない変態監督デヴィッド・クローネンバーグ。この『イースタン・プロミス』は、そんな彼がゼロ年代以降に発表した作品の中でもベストだとボクは評価しております。それではその理由を、ネタバレ全開でつらつらと解説していきましょう。

東欧の契約

「Eastern Promises」は直訳すると「東欧の契約」。これの意味するところはつまり「東欧組織による人身売買契約」となります。貧しい東欧の国から騙されて連れてこられた少女たちのあまりに非情な現実。これを起点としたロンドン裏社会巡りが本作の肝。

冒頭から執拗にジョリジョリ見せつけてくる喉元かっさばきから始まり、少女の股間から滴り落ちる鮮血、彼女が抱える真っ赤なバッグ、生まれたばかりの赤ん坊の肌と、クローネンバーグらしい生々しい皮膚感覚と血なまぐさい色彩感覚に胸躍ります。

わずか14歳でその生涯を閉じ、それと同時に新たな命を残した少女タチアナ。未来を夢見て、飛び出して、現実の残酷さに絡めとられてしまった哀れな少女の希望と、現実と、絶望が記された日記がヒリヒリ痛いです。彼女の無念がこの映画の起点となるのです。

アンナの想い

そんなタチアナの最期を看取り、彼女の無念を晴らすべく奔走することになる助産師のアンナ。タチアナの死に凶悪なロシアン・マフィアが絡んでいることを知りながら、警察にも届け出ず、自ら危険地帯へと飛び込んでいるようなアンナの行動を疑問視する声もあります。

しかし、保育器のなかで静かに眠るタチアナの娘(クリスティーン)に寄り添いながら、そっと涙を流す彼女の姿だけですべての説明は果たされているとボクは思います。失った我が子とクリスティーンを重ね、タチアナの無念に想いをはせるアンナのやさしさと不安定。

ある意味においては正気を失っているともいえますが、大きな喪失感を埋めるためにはこれぐらい思いきった行動が必要だったのかもしれません。この不安定さは、ニコライという謎めいた男に惹かれていくどうしようもない想いにも説得力を与えています。

やさしさと、不安定さと、強い決意を感じさせるこの映画の主体的自己アンナ。彼女の世俗性と気品が同居する魅力を見事に演じきったナオミ・ワッツはとても良かった。彼女はいい女優だが、本当に良かったのはこれと『マルホランド・ドライブ』ぐらいかな。

キリルの弱さ

そんなアンナの想いの前に立ちふさがる障壁となるのが凶悪ロシアン・マフィア。この閉鎖的ホモソーシャル社会でボスの息子として生まれたホモセクシャルのキリク。彼もまたこの人身売買事件の加害者であるが、同時にこのシステムの中で生み出された被害者でもある。

先手的か後天的かはわかりませんが(筆者の想像では後天的)、キリクは同性愛者です。しかし力と連帯を重んじるロシアン・マフィアの世界では、ホモセクシャルは絶対に許されないタブー。ゆえに彼は表面的には同性愛者差別的スタンスをわざとらしいぐらいに貫きます。

しかしこれは自身のアイデンティティを否定する行為であり、身を引き裂かれるようなアンビバレンスであり、ここにゆがんだエディプスコンプレックスも合わさることによって、キリクの精神的弱さ、依存傾向はもう情けなくなるぐらいに垂れ流されてしまうのです。

父のようになろうと思いながら、その高みにはけっして届かず、受け入れられず、本当の自分を隠し、ことさら傲慢で軽薄に虚像を演じるキリクの弱さと悲しさ。彼は本質的にやさしい人物であり、このファミリーに生まれついたことがそもそもの不幸なのです。

そんなキリクに父殺しのチャンス(精神的な)を与えたのが謎の男ニコライです。彼が醸し出す強く寡黙な男性像、そして大きな父性にキリクは惹かれ、恋をし、そして依存することを決めたのです。「自分たちの時代を作る」という殺し文句に乗せられて。

ニコライの強さ

アンナの目を通したニコライの悲しさとやさしさ。キリクの目を通したニコライの強さと大きさ。男女の目を通して徹底的に映し出されるこの映画の主人公ニコライの姿。その時々でさまざまな顔を覗かせる彼の魅力を描き出すのがこの映画最大の主題ともいえるでしょう。

組織のドライバー、キリクのボディガードという下っ端ポジションに身を置きながら、初登場時からとてもそうは見えないヴィゴ兄貴の圧倒的凄みと存在感。ときおり覗かせるやさしさと憂い。謎めいた彼の存在そのものがこの映画の原動力となっております。

彼の真意、目的、正体とはいったい?ネタバレ全開を標榜しておりますのでさっそくネタバレしちゃいますと、ロンドン市警の協力を受けて“法の泥棒”へと潜入しているFSB(ロシア連邦保安庁)の捜査官なのでした。文字にしてしまうとなんてことはないよくある真相。

しかしですね、初見でこの事実を告げられたときの衝撃はもう少しで致命傷でしたよ。ときおりやさしさと憂いは覗かせるものの、ニコライという男は明らかに闇の世界の住人そのものだったからです。そしてこの真実をサラッとバラすきっかけとなった事件の存在。

世の女性たちの視線をヴィゴ兄貴のぶらんぶらんに釘付けにさせた、映画史に燦然と輝く伝説のサウナフリチンアクション。キリクの身代わりとして凶悪チェチェン兄弟にフリチンで命を狙われるニコライ。フリチンで潜入捜査をここまでやるか!というフリチンな驚き。

しかもこのサウナフリチン事件によって瀕死の重傷を負いながら、なお潜入をやめる気はないというニコライの強さ。彼の強さ、信念はいったいどこから来たものなのか?最後まで彼の真意、過去、動機、目的は語られません。それをいっさい明かさないこの映画の凄さ。

最後の最後までニコライは謎の男のままなのです。聖ニコラウス(サンタクロースの起源とも言われる)から取られたとおぼしき名前。肉体に刻まれた無数のタトゥー。これらの数少ない情報、表情、行動から彼の真意を推しはかるしかすべはない。

クリスマスの夜にアンナとクリスティーンに祝福を届けに来た黒いサンタクロースであるという事実は揺るぎないが、いったい彼の最終目的とはなんなのだろうか?組織での地位が上がったと思われる彼のラストの表情と仕草。どこまでも行く覚悟なのか?

グレーに彩られたあまりに不穏なラストです。彼の強さの源には明確な組織に対する怒りがうかがえますが、一線を越えてしまった彼にはもはや後戻りは不可能なのでは?そう思わせる、吸い込まれるような闇の深さがたまらないラストショットでありました……。

クローネンバーグの不変

ロンドンの裏側に広がる闇の深さ。そしてその闇から思いがけず届けられたクリスマスの贈り物。聖なる夜の前後に繰り広げられる闇と奇跡を描いた、悲しくも美しい普通に観ても面白い傑作をあのクローネンバーグが撮ったという事実。そして実はまったく枯れていない変態性。

かなり抑制されてはおりますが、この映画はそれでも十分変態的だ。この感想の冒頭で記した生々しい皮膚感覚と血なまぐさい色彩感覚は、伝説のサウナフリチン事件でいよいよその実態をさらけ出し、我々の肉体と精神を恐怖とスリルと恍惚のズンドコへと叩き落します。

そして同じくヴィゴ・モーテンセンと組んだ前作『ヒストリー・オブ・バイオレンス』とも連鎖する、アイデンティティの揺らぎ。真実の自分と偽りの自分とのあいだで、いつしか本当の自分を喪失していく主人公。はたして本当の自分とは誰であり、なんなのか?

この両作における主人公のラストの姿は、真実と偽りの自分が統合され、より進化した新たな自分の創造ともいえます。ともに主導権を握っているのは偽りのほうなのですけどね。しかしトムの未来に微かな光が射し込んだのとは対照的に、ニコライの未来は闇に包まれたまま。

その未来を知る唯一の手掛かりであった続編の存在。残念ながら製作資金面での折り合いがつかず、製作中止となってしまった模様です。クローネンバーグ師匠が撮る初めての続編映画。期待してたんですけど、まあこれはこれでよかったのかもしれません。

ぼかされた未来、意図的な余白を埋めるために想像する時間こそが、こういう映画の醍醐味なわけですから。そういえばクローネンバーグ永遠のテーマともいえる「肉体の変容」。ニコライの体に刻まれた無数のタトゥーも、変容であり、歴史であり、偽りであり……。

個人的評価:9/10点

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コメント

  1. マーフィ より:

    サウナの格闘があまりにも痛い!
    多くの暴力映画が、結局甘ったれたナルシシズムとロマンスで安全圏を確保した上で残酷表現を遊んでいるだけの中、やっぱりクローネンバーグはすごいと思いました。この人の描く暴力はちょっとやっぱり特殊ですね。うまく言えませんが!

    正直ちゃんと見もせずにクローネンバーグを奇想のグロ監督程度に思っていました。
    ここのブログをきっかけに見始めて本当によかったと思っております。ありがとうございました。

    • spikerod より:

      マーフィさん、コメントありがとうございます!

      うちのつたない記事をきっかけにクローネンバーグ師匠の映画を観てくれているということで、こんなにうれしいことはありません!これぞ弟子の本懐!って勝手な弟子を自認してますのであっちは知らぬ存ぜぬですけどね(笑)。

      この映画もそうですけど、クローネンバーグの描く人間の肉体ってとにかく生々しいんですよね。リアルともまた違う、艶っぽくて不気味でとにかく生々しいというか。上手く言えませんけどね。この映画における伝説のサウナフリチンアクションも、そんな肉体性を極限まで追い込み、さらけ出し、痛めつけ、今そこにある危機感と存在感を生々しいまでに見せつけてくる。変態ですね、やっぱりとてつもない変態。あ!「卑猥」って表現がけっこうしっくりくるかも?

      • マーフィ より:

        そうそう、なんか生々しいんですよね。おっしゃられているようにリアルとはまた違うんだけど…。サウナのシーンだけじゃなく、股間から血を流してる女の子とか、死にかけの赤子とか。むき出しの性器に似たグロテスクさというか…。
        「卑猥」はいい表現だと思います!

        • spikerod より:

          マーフィさん、再度のコメントありがとうございます!

          クローネンバーグの描く肉体はすべてどこかエロティックですからね。これだけグロがエロと結びついている作家も珍しいと思います。人の体にできた異物や、変化や、傷や、破壊がなぜにこうも官能的なのか?理屈はわかりませんがそれが世界に名だたる変態のゆえんでしょう。それに魅せられているボクやマーフィさんもまた、軽度の変態ということですけどね(笑)。

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