嵐に呑まれ、無人島に流れ着いた名無しの男。そこで出会ったカメとひとりの女。ここには究極までそぎ落とされた人の営みがあり、その裏側にはカメの呪いがあるような気が……。
作品情報
『レッドタートル ある島の物語』
La Tortue rouge/The Red Turtle
- 2016年/日本、フランス、ベルギー/81分
- 監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
- 脚本:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット/パスカル・フェラン
- 音楽:ローラン・ペレス・デル・マール
予告編動画
解説
嵐に呑み込まれてどこかの無人島へと流れ着いた男が、孤独に耐えかねて禁断の家族を作り出してしまうというアニメーション映画です。スタジオジブリ初の海外共同製作作品にして、第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門の特別賞受賞作。
監督は長らく短編アニメ作家として活動してきたマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット(舌噛みます)で、この作品が長編デビュー作となります。全編セリフなしの映画を標榜しておりますので(うめき声と雄叫びはあるが)、声優のクレジットはありません。
あらすじ
嵐の海へと放り出された男。荒れ狂う波に呑まれながら流れ着いたのはとある無人島だった。カニや鳥、真っ赤なウミガメが生息するその島で絶望の淵に立たされた男は、なんとか脱出を試みるものの、見えない力によって島へと引き戻されてしまうのだった。
自暴自棄へと陥った男のもとに、ある日突然ひとりの女が姿を現す。彼女の登場により、男の人生は大きく変化していくのだった……。
感想と評価/ネタバレ有
世間はいまだ『君の名は。』でかまびすしい。それに対抗すべく放たれた『聲の形』を「絶対に観てくれ!」と叫ぶ声もまたかまびすしい。そんなかまびすしさを無視して、初日だというのにガラガラのTOHOシネマズで『レッドタートル ある島の物語』を観てきました。
公開初日の2回目、ボクも含めて観客は10人おりませんでしたよ。大丈夫かいな鈴木敏夫さん?リバウンドオタク評論家いわく、「バカでもわかる作品」でなければヒットしないということを実証してしまったかもしれない。つまりこれは「バカ」にはわからない映画。
なんたって全編セリフなしを標榜しておるぐらいですから(「うおぁ~い」とかは言ってるけどね)。画だけですべてを物語ってみせる映画。あたしそういうの嫌いじゃないわよ。でもね、バカだということには絶対の自信を持っております。それではバカでもわかったのかわからなかったのか、バカなりの感想をどうぞ。
「いのち」の寓話
物語の基本はいわゆる『ロビンソン・クルーソー』もの。荒れ狂う大海原に呑み込まれ、無人島に流れ着いたひとりの男のサバイバル記。しかしこの映画がやや異質なのは、これがいつの時代の、どこの話なのか、セリフも説明もないのでまったくわからないということ。
いや、必要としないと言い換えてもいいかもしれません。つまりこれは寓話なわけです。場所や時間、そしてそれが誰であるかは関係ない。どこでもあるし、いつでもあるし、誰でもある物語。ゆえにキャラクターデザインも非常に簡素な特徴のないものであります。
名を持たない、言葉を発しない、記号化された顔をした男を主人公とした普遍的な寓話。無人島サバイバルを強いられた男の必死のあがきと、怒りと、後悔と、受容の先に透けて見えてくるものは、要約してしまうとコピーに記されているとおり「いのち」なのでしょうね。
言葉はなくとも画があれば
衣食住を保証されない無人島サバイバル生活のなかで、生と死のはざまをさまよい泳ぐ名無しの男。大量に生まれて海へと帰っていく子ガメたち。その死骸を巣穴へと持ち帰るカニさん。哀れなむくろと化し、その毛皮を採取されるアシカかアザラシ(どっち?)。
この映画にはひとりの男の、そして自然界の生と死の相克が象徴的にあふれ返っております。そういう意味ではボクのようなバカにも親切なわかりやすい映画。「うおぁ~い」とかいうセリフしかなくても、画がちゃんとしてればバカにも十分意味は伝わるのです。
何より画が良い。日本の気持ち悪いアニメに慣れすぎた人には逆に気持ち悪いかもしれませんが、ボクにとっては簡素なキャラクターと丁寧な動き、リアルな自然と映り込みの描写が非常にしっくりすっぽり来ました。
とりわけ素晴らしいのは光と影の演出。闇夜、南国の日差し、海底に映る影、夕焼けのなか長く伸びる影。これらの描写がたいへん美しい。ざらついたさまざまな空の表情も印象的です。いわゆるジブリ的な美術の美しさとはまた異なる魅力がここにはありました。
ともに白髪まで
そんなさまざまな顔をのぞかせる自然のなかにひとり放り込まれた男。彼の無言のサバイバルも、恐怖と孤独と絶望が入り混じった非常に見ごたえのあるものです。文明に囲まれた人間らしい営みへと帰還するため、人類の英知を結集させた万能マシン“いかだ”によって無人島脱出を試みる男。
しかし見えない大きな力によって人類の英知は無残にも破壊されてしまうのです。それでもめげずに、二度、三度とさらなる英知の巨大化によって脱出を試みるものの、ことごとく破壊蹂躙され、島から出ることのできない男。
彼の英知を粉々に粉砕し、島へと縛りつけた見えない破壊者の正体は、絶滅危惧種アカウミガメのなかでもさらに巨大で真っ赤な怪物。ここから物語はいっそうの寓話化が進み、徐々にバカには理解不能なゲイジツ的色彩を濃くしていくのです。
その代表格がひとりの女の登場。彼女の登場によってバカには解けない謎が大量投入されてしまいます。男と出会い、ある大事なものを海へと流した女。それを受けて、男もこれまでのしがらみを捨て去り、ここで彼女とともに生きる決意を固めます。
圧倒的な自然のなかで、運命的に出会った男と女。生と死が無造作にたわむれるこの世界のなかで、誰かにそばにいてほしい、横にいてあげたいと思う共白髪。バカを承知でごくごく単純に要約してしまうと、やはりこれは余計なものを排除したラブストーリーだったのでしょう。
向き不向き
結論としてはやはりバカにはよくわからないゲイジツ映画だった『レッドタートル ある島の物語』。これはつまり『君の名は。』のようなヒットはとうてい望めないということ。ではヒットはしなくてもゲイジツ映画として突出しているかといったらそこにもまた疑問符が。
「うあぉ~い」とかいう中途半端な言葉も徹底して排除すべきだったし、妄想の飛距離が短すぎるし、短編向きの作品を無理から長編にしているような間延び感があり、その最たるものが津波の襲来。これは明らかに長編用のご都合的な転換点であります。
初長編作品ということでそのへんの配分が難しかったのかもしれませんが、あんな余計なものはいりませんんでしたね。それよりはもっと妄想の飛距離を伸ばし、難解芸術アニメーションとしての高みを目指してほしかったもんです。もったいない作品ですわ。
この内容で15分前後の短編だったら傑作との評価を得られたかもしれないのに、無駄を付け足して長編にしたことによって散漫になったという印象はぬぐえません。人には向き不向きというものがありますので、この監督には長編映画は向いていなかったのでしょう。
誰でもわかるような内容ではないのでヒットは難しいし、かといってゲイジツ映画としても振りきれてはいないという中途半端さ。嫌いな作風ではないだけに非常に惜しいですよね。ジブリの看板でお客を誘い込むこともできないのは、ガラガラの客席が証明しているとおり。
初の海外作品配給によるジブリらしからぬジブリ映画。ジブリのファンが求めているのはこんなもんではないと思いますが、この映画にもひとつだけジブリらしい点が。それはコメディリリーフとしてのカニさんたち。彼らの愛らしさには皆さん心癒されると思いますよ。
ネタバレによる私的解釈
ここからはネタバレ全開によるこのよくわからない映画の私的解釈をバカなりに解説してみたいと思いますので、未見の方、「ネタバレ野郎に極刑を!」と司法に訴えている方々は、どうぞお引き取りください。わたくし、なんらの責任もとりませんので。
男の無人島脱出を全力で阻止した力の正体は真っ赤なウミガメでした。その正体を知り憤慨した男は、怒りに任せてカメの頭部を棒でぶん殴り、暴動におけるパトカーよろしくその体をひっくり返し、浦島太郎の真逆を行くカメ虐待を繰り広げるのであります。
強い日差しが照りつけるなか、徐々に動かなくなっていくウミガメ。さすがに自分のした虐待行為を反省、後悔した男は、せっせとカメに海水を運んでかけてやるものの、もはやピクリとも動きません。「死んだのかな?」と思ったそのとき、甲羅にひびが入り、カメが人間の女へと姿を変えているではありませんか!
なんたるビフォーアフター!正真正銘の寓話であります。その後、男と女は愛し合い、子供を作り、成人した息子を見送ったあと、ともに白髪になるまで添い遂げ、男の死を看取ったのち、女は再びカメの姿へと戻り海へと帰ってゆくのです。
こうしてネタバレしてみたところでなんのこっちゃわからない話だと思います。これに対するバカなりの解釈を述べさせていただきますと、これはすなわちカメの呪いに捕らわれた男の物語だったということです。
この男はカメに見初められてしまったのです。ですので彼の脱出計画は彼女によってことごとく阻止され、あの島から出ることができなくなった。そんな彼女のせつない恋心を理解しない男は怒り狂ってカメを叩き殺しますが、その後の彼のやさしによって奇跡が起こります。
人間の女となってこの世に転生した彼女は、カメとしての人生を男の前で捨て去ります。それを目の当たりにした男もまた、その想いを受け入れ、人間の世界へと帰還することをあきらめて、彼女と一生ここで添い遂げることを決意するのです。
カメの呪いにかかり、カメの愛にこたえた男。これがバカなボクなりの『レッドタートル ある島の物語』の私的解釈であります。何か思いもよらない高尚な解説を期待したあなた、ご期待に沿えず申し訳ありません。これがバカの限界なので前言どおり責任はとりませんよ。
カメがしでかしたことであれば、それがなんであれ、責任がどうこうという問題にはならんと思いますが。なんせカメのすることですから。
個人的評価:5/10点
コメント
呪い(笑)、なるほどです、後藤隊長。
興行厳しそうですね、ジブリのキャストアウェイ。
亀と謎の友情を育んで、その背に乗って海の彼方へ消えてゆく映画かと思ったらまさかのバイオレンス。意表はつかれました。
商業ベースに乗せる映画である以上、どういう人たちが自分たちの観客なのかはもっと討論すべきかなと思ったり。興行成績気にしない企画なのでしょうか?
ジブリが好きな人は見向きもしないでしょうね。大多数は話より何よりあの『ジブリ絵』が見たくて劇場に行くわけですし。
となりの山田くんでは駄目なわけで。見た目がジブリなら話がゲドでもいいわけですけど。
ジブリがどう自己評価しようと悲しいかな、視聴率が物語る、世間はいまだラピュタナウシカ宅急便を求めてるという現実……!
かくいう僕も土砂降りの腹いせじゃなきゃ見てないです。
(눈_눈)さん、コメントありがとうございます!
鈴木敏夫はもとからヒットさせる気はないと申しておりましたが、にしてもあまりの不入り。しかもこの手の映画が大好きなシネフィルの方々は絶賛されておりますが、いわゆる従来のジブリが好きな層からは「わけわからん」「つまらん」「金返せ!」の嵐。それでもいいんだと思っているかどうかは知りませんが、はたから見てると心配になってくるぐらいの興業、批評ともに惨敗。駿亡きあとの(死んでないって?)ジブリの先行きを憂いずにはおれませんね。
あ、最後の後藤隊長ネタに気づいていただいて恐縮であります。ときおりこういうマニアックなネタをぶっ込んでしまうのですけど、ほとんどの方に気づいていただけないので(笑)。
突然お邪魔します。解釈を読んで少し理解できましたが、見終わった時は、全然意味が分からなくて、見なきゃよかったと思ってしまいました。
最大の疑問は、男にとって女房は亀でも鶴でもいいのか?亀と分かってて、でも姿は女体であって欲しいのか?しかも長い髪?それとも姿は男の妄想?女房子どもがいれば無人島でも幸せなのか?
津波以外に危機が起きず、気候は温暖だし、猛獣や毒虫にも襲われず、病気にもならないというのも、甘いなあ…
私は女性ですが、人の姿をした亀を夫にするのは勘弁して欲しいです。
映像も、圧倒的なファンタジーの世界に連れて行ってはくれませんでした。
ドラちゃんさん、コメントありがとうございます!
こういう映画を観慣れているシネフィル用の単館上映作品であって、けっしてシネコンでかけるような作品ではありませんからね。ボクはそこまで悪いとは思いませんでしたけど、確かに娯楽性は皆無ですよね。いろいろと疑問がおありのようですが、「孤独」というキーワードを当て込むと理解しやすいかと。ほかの仲間たちから期せずして離されてしまった男と、おそらくは生まれたときからほかと違うことによって群れから離れて生きてきたカメ。互いの孤独感が彼らふたりを引き寄せたのでしょう。どんな状況であれ、境遇であれ、できれば誰かにそばにいてほしい、寄り添いたい、そんなちっぽけだけど大事な幸せを描いた映画だったのではないでしょうか?
まあ明確な答えは監督の頭の中にしかありませんので、ボクの解釈はあくまで想像にしかすぎません。それに、答えがわかったところではっきり言って面白くないもんは面白くないのですよね。逆に答えがわからなくても面白いもんは面白いわけです。ですので、ドラちゃんさんのこの映画に対する評価は「意味不明で面白くない」で正解なのです。普遍的な面白さを備えた作品だったかどうかは、ある程度この作品における興業的惨敗が示しているとおりなのですから。意味不明でも面白い作品なら、もっと口コミで客は入るのですよね。
解説がトテモ面白かったです。
とんさん、コメントありがとうございます!
日本テレビの深夜枠で放送されたようで、珍しく多くの人に読んでいただいてありがたいかぎりです。まあ変な映画ですからね。「どゆこと?」となった人たちが気になって足を運んでくれたのでしょう。そういう人たちのお役に少しでも立てたのならあたくしゃ本望です。おそらく正確には「孤独感による愛の奇跡」とするのが本筋だとは思いますが、「奇跡」も「呪い」もそう大差ありません。気の持ちようです、はい。
自然と人間(動物)と命の在り方
ここの関係性を表す為の津波表現だと思っています。なので必要だったかと。
男は亀と子供を作ったの?と思いましたが、
それは人間と亀にこだわらず、命が2つという見方でいいのかなと思いました。
そこの島にいたのが何だろうと命とは本来こういうものだ。みたいなメッセージを感じて個人的には面白かったです。
ジブリ作品全般楽しめているタイプですが、今回はジブリ的な楽しみ方では違ったようには確かに感じましたが、それでつまらないにするには勿体ない作品だと思いますねぇ
オーガナイザージブラーさん、コメントありがとうございます!返信が遅くなってしまって申し訳ありません。
>自然と人間(動物)と命の在り方
これはよくわかるのですが、津波にする必要はあったのかな?と思います。冒頭との対比になっている可能性もありますが、どうしても物語としてのとってつけた感は拭えない。ほかの選択肢もあったはずですし、なんならこういう描写こそが本来のジブリ的なものだと思うんですよね。ボクは王道的ジブリ映画にハマれない人間でしたので、むしろこういう盛り上げ要素はないほうが楽しめたかもしれません。もっとアートとして突き抜けていたほうが面白くなったような気がするのですよね。