ハクソー・リッジ(のこぎり崖)で繰り広げられる地獄の日米沖縄決戦。反戦?反日?アメリカ万歳?何をおっしゃる。この映画は神とハリウッドに対するマッド俳優メル・ギブソンの狂った懺悔の絶叫なのですよ!
作品情報
『ハクソー・リッジ』
Hacksaw Ridge
- 2016年/オーストラリア、アメリカ/139分/PG12
- 監督:メル・ギブソン
- 脚本:ロバート・シェンカン/アンドリュー・ナイト
- 撮影:サイモン・ダガン
- 音楽:ルパート・グレッグソン=ウィリアムズ
- 出演:アンドリュー・ガーフィールド/ヴィンス・ヴォーン/サム・ワーシントン/ルーク・ブレイシー/テリーサ・パーマー/ヒューゴ・ウィーヴィング/レイチェル・グリフィス
予告編動画
解説
太平洋戦争の沖縄戦を舞台に、宗教上の理由から武器を携帯することを拒否しながらも、地獄の戦場で多くの仲間の命を救った実在の衛生兵デズモンド・ドスの信念を描いた戦争ドラマです。
監督は『アポカリプト』以来10年ぶりの監督作となるマッド俳優メル・ギブソン。主役のデズモンド・ドスを演じるのは『沈黙 -サイレンス-』に続いてキリスト教オタク(失礼)を演じることになったアンドリュー・ガーフィールド。
共演には『インターンシップ』のヴィンス・ヴォーン、『ザ・ボディガード』のサム・ワーシントン、『X-ミッション』のルーク・ブレイシー、『ライト/オフ』のテリーサ・パーマー、『マトリックス』のエージェント・スミス役で知られるヒューゴ・ウィーヴィングなど。
感想と評価/ネタバレ有
沖縄戦をひた隠しにして笑えない笑いに逃げた宣伝手法が例のごとく物議を醸していた『ハクソー・リッジ』。ボク的には「『プライベート・ライアン』を超える地獄の戦場描写」という変態パラダイスに股間を鷲づかみにされてしまったので、初日の初回に観てきました。
映画の内容を度外視したおちゃらけ宣伝手法にどれだけの集客能力があるのか知りませんが、これってけっこう面白いと思いますね。正確な内容を伝えられずにこの『ハクソー・リッジ』を観たバカップルが、阿鼻叫喚の失禁脱糞祭りを披露してくれたらこの上ない変態の幸せ。
残念ながらそういう個人的眼福事件は期待むなしく起こりませんでしたが、生ぬるい予告編や宣伝イベントからはビタイチ伝わってこない、トラウマ級の地獄の現出にこそこの映画の本質があるのです。だからみんな騙されてでも観てほしい。ぜひともこの地獄を味わってほしい。
信念地獄
後半でいっきにこの世の地獄が現出する『ハクソー・リッジ』。しかし構成としてはこの世の地獄としての戦場を描いた後半と、アメリカ本土における主人公デズモンドの人間性と信念を丁寧に描いた前半との、前後半2部構成映画と言ってよいかと思います。
前半におけるデズモンドに起こった幼少期の事件、青年期の恋、訓練時の苦難を描いた展開は丁寧ゆえにやや冗長で、「そんなのいいからさっさと地獄を見せろ!」と心の清らかな観客は投石行為に及ぶかもしれませんが、よくよく考えるとここもけっこう地獄だと思いますよ。
戦場PTSDによって家族にDVを働くアル中の親父。純真な目をした真正ストーカーとして看護婦を付け狙う主人公デズモンド。自ら兵役志願したくせに人は殺さないとのたまう確固たる信念。仲間にボコられても戦場に行くことをあきらめない信念。軍法会議にかけられても揺るがない信念。信念。信念。信念の怪物。
これを地獄と言わずしてなんと言おう。確かにボクもやや冗長だとは思いますが、デズモンドという男を描くためにはこの信念地獄の描写が必要不可欠だったのです。熱心なカトリック教徒であるメル・ギブソンがこれを否定的に描くわけはないのですが、不信心なボクからしたら狂気以外、地獄以外の何ものでもありません。
そう意図したわけではないものの、図らずも狂気の信念地獄を現出させてしまった元祖『マッドマックス』俳優メル・ギブソン。さすがです。さすがのマッドぶりです。地獄とはただ人が殺し合うだけではないということですね。結果論かもしれませんが。
さらに、デズモンドを演じたアンドリュー・ガーフィールドのヘラヘラしたボクちんぶりも、爽やかに狂った地獄の描写に一役買っていたと思いますね。申し訳ないけどすんげー怖いの。アンドリュー・ガーフィールド一世一代のハマり役だったかもしれません。
戦場キリスト教映画
かたくなに武器を持つことを拒否し、人が殺し合う戦場で命を救う役割を担うことを切に願ったデズモンドの信念は、彼が信仰する“セブンスデー・アドベンチスト教会”の教えに基づきます。通常のキリスト教徒以上に熱心なこの教派の教えは、下記を参照してみてください。
神を信じ、かたくなにその教えを守り、人を救いたいという信念のもと、まるで殉教者のように戦場に赴くことを熱望しているデズモンド。アンドリュー・ガーフィールド主演ということで、同年公開の日本を舞台としたキリスト教映画『沈黙 -サイレンス-』を想起しますよね。
人の命が紙クズ同然に失われていく地獄のなかで、信仰の強さ、在り方を試されているような両作。その本質は似て非なるもののようにも思えますが、無神論者のボクから言わしたら共通しているのはやはり狂気の存在かと。信じるもののために何かを行える狂気。
この『ハクソー・リッジ』という映画は戦争映画と謳っておきながら、その実メルギブのパーソナルな宗教観が反映されたいつものキリスト教映画だったわけですね。それを素晴らしいと思うか、狂気だと思うかは観客の自由ですが、この偏りが宣伝手法の迷走を生んだ一因であるかもしれません。
ついに訪れた変態パラダイス
まあすったもんだの暴行しごきイジメ裁判の果てに、デズモンドは晴れて武器を携帯せずに衛生兵として戦地に赴くことを許されるのですが、ここからいよいよ変態の皆さまお待ちかねのこの世のパラダイス、いやさこの世の地獄が現出するわけであります。
舞台となるのは日本の宣伝では巧妙に隠されていた、沖縄は浦添城址の南東にある前田高地。ここの垂直に切り立った崖のことを米軍は“ハクソー・リッジ(のこぎり崖)”と呼び、6回登って6回とも撃退された難攻不落の激戦地なのです。まさにここが地獄の一丁目。
ハクソー・リッジを登った先に広がる光景は、まさに天国、もとい地獄。硝煙によって遮られた視界。地面に転がる敵味方問わずの死体の山。こぼれた内臓。血だまり。死体に群がるウジとネズミ。ある意味現実を超越したような異界を前進するデズモンドたち第77師団。
そして高らかに鳴り響く戦いのゴング。このきっかけがまたメルギブらしい常軌を逸した演出であり、笑いと驚きと恐怖が同時に襲いかかってくるカオスを生み出しておるのです。ここからの恋い焦がれた地獄の現出はまさに狂った所業であり、メルギブの恐ろしいメンタルには変態として感謝の言葉しかありません。
あえて細かい描写は割愛させていただきますが、ここで展開される戦争の現実のリアルすぎる映像、音、そしてとてつもない長さは狂気の沙汰としか思えません!批判しているわけではありませんよ。心よりの賛辞です。心の底からメルギブは狂っていると称賛しているのです!
狂った信念の果ての降臨
しかし白状させていただきますと、このやたらと長い戦場の地獄描写こそが本作におけるボクのピークであり、このあとに続く本作の肝、自らの危険を顧みず75人の命を救い続けたデズモンドの活躍には、なんら心を動かされなかった事実を恥ずかしながらお伝えしておきます。
だってやっぱりこれって狂気以外の何ものでもないでしょう?神に対して、「あとひとり、もうひとりだけ救わせてください…」と言いながら、そのひとりを救うたびにまた戦場へと舞い戻っていくデズモンド。信念に基づいた英雄的行動の危険性は実は紙一重なのだと思います。
たまたま今回のデズモンドは人の命を救うというプラスに働きましたが、強すぎる信念はマイナスへと働くこともしばしば。そんなおポンチで歴史の図書館はいっぱいです。そんなデズモンドを英雄として、誇りとして、あこがれとして描くメルギブの演出もやはり狂気です。
崖を登る、つまりは神へと近づくという行為が冒頭から象徴的に描かれておりましたが、最後にデズモンドが崖を降りてくる映像はまさに降臨です!この神々しい映像を観たときのボクの心中は、「やっべ~メルギブ完全に狂ってるよ!」というドン引きだった事実をお伝えしておきます。
メルギブ懺悔映画
メルギブらしい行きすぎた信仰の大切さ、信念の強さ、神への感謝を地獄の戦場で現出させた狂った神へのアンサー映画だった『ハクソー・リッジ』。この映画に素直に感動したと言ってしまえる神経が、メルギブとは違った方向に頭のおかしいボクには理解できません。
ひとつ理解できるのは、おそらくこの『ハクソー・リッジ』はメルギブの懺悔映画だったという事実です。ゆえに強い信仰と信念による神がかった英雄的行動を描いたのでしょう。それと対比して描かれる、同じく信仰をもちながら酒に溺れて家族に暴力を振るう父親の姿。
デズモンドの父親が本当にこういう人物だったのかどうかは知りませんが、彼の姿はあきらかにメルギブ自身の生き写しです。セルフパロディです。神を信じていながらも、自身の弱さと欲望に負け、酒に溺れ、暴力を振りかざし、痴態醜態悪態をさらし続けた彼の人生。
でも信仰は失っていないし、デズモンドみたいになりたいと思っているし、映画を愛しているし、才能もある。だから神さま!ハリウッドさま!いい加減ボクを赦して受け入れて!というメルギブ心からの懺悔を、人体が砕けてちぎれて燃え上がる戦争映画で表明したのではなかろうかという妄想を最後にお伝えして、この狂った感想を終了させていただきます。
個人的評価:6/10点
DVD&Blu-ray
VOD・動画配信
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コメント
まさに同感。宗教臭強くて俺もきつかったな。
淡々とした描写のイーストウッドさんとはまた違いましたね
通りすがりさん、コメントありがとうございます!
メル・ギブソンの映画はいつも彼個人の宗教観(イデオロギーと言い換えてもいい)が色濃く反映されているので、それと相いれない人間にはどうしても軽い拒否反応が出てしまうのですよね。ボクが彼の映画を心から楽しめない理由はこれに尽きるかと思います。対してクリント・イーストウッドはああ見えてバランス感覚に優れた御仁ですので、自分の価値観を押しつけてくるような映画制作はせず、こちらに問題を投げかけてそれぞれの答えを導き出させるのですよね。そういう意味では、実は真に恐ろしいのはイーストウッドのほうなのですけどね(笑)。試されているのはこちらなわけですから。
宗教色、確かに相当強く感じました。
戦争映画の皮を被った宗教映画でしたね。
イーストウッドがバランス感覚の取れた視線の戦争映画を撮るのとかなり
対照的に感じました。
物語の焦点はほぼデズモンドに当てられており、沖縄戦云々の宣伝がなされていない等のちょっとした騒ぎがありましたが、メルギブの中では自分のヒーローが活躍したのがたまたま沖縄だったという以上の意味はないのかも。
なので、日本兵描写はかなりおざなりというかとって付けた感が半端なかったですね。
あんな戦場なのに、ハリウッドお得意のトンデモ日本がフラッシュバックしたのが不思議な感覚でした。
全編通してのデズモンドをキリストに見立てる描写は「メルギブきてんなーw」と
正直笑っていました(いい意味で)
仲間や上官も神を見るような視線でデズモンドを見るのでその異様さがまたツボというか・・・w
ラストのデズ運搬シーンなんかもう極まってましたよね、あまりに露骨というか。
周りがすすり泣くなか僕はラスト付近でニヤニヤしていました。
なんでしょうね、メルギブソンの人物像を知ってるか否かで印象が大分別れる映画だと
思います。
なんというか面白い人ですね、メルギブソンって。
えるぼーロケッティアさん、コメントありがとうございます!
「沖縄戦の文字がない」「反日なんじゃ?」「トンデモ日本なんじゃ?」という声が少なからずあがっておりましたが、これはおっしゃるとおりたまたま実話の舞台が沖縄戦であっただけで、メルギブにはことさら日本を貶めたり美化したりする意図はまったくなかったのでしょうね。同じくアメリカ軍をそういうふうに描く気もさらさらなかった。主人公がアメリカ側なので比率としてアメリカの描写が増えるのは必然で、基本的にはこの地獄をともに体験することとなる同士と言ってもよいでしょう。ゆえに等しく残酷で、愚かで、哀れに描かれておるわけです。
で、その結果浮かび上がってくるものは何なのかと申しましたら、これはもう主人公デズモンド・ドスの神々しいまでに神がかった姿であり、本文にも書きましたとおりボクにとってはドン引きものだったわけですね。デズモンドの狂気、そして監督メルギブの狂気に良い意味でも悪い意味でも驚いたわけですが、これに素直に感動している人の多さにも驚きました。ひとつの映画をどのようにとらえようがその人の勝手ですが、「おいおい大丈夫かよ?メルギブ教に洗脳されてんじゃねーか?」って感じです(笑)。まあこの危ういバランスがこの映画の魅力のひとつだとも思うのですけどね。
はじめまして。こちらのコメントに興味をひかれて見に行ったのですが、確かにいきなり神を讃えよ的な冒頭から「もうちょっと取り繕おうぜ」と突っ込んでしまい、しつこく信仰の優越性を強調する内容に半笑いでした。
検索していたらキリスト教関係者の方のコメントがあり、「当事者は現実には信仰と現実の折り合いに当然悩むのだから、その辺ちゃんと描写して欲しかった」とあり、そりゃそうだよなあと。主人公のかなり極端な態度(全然人の話聞いていない)と、コメントされているように笑顔がちょっと怖いところが、「こいつ十字軍の時代だとどうなってしまうんだ」という恐怖感がついて離れませんでした。
後半については実際過酷さの強調が主人公の行為を際立たせるためであるのが明白で、神の声がどうの辺りから「自分を囮にして狙撃兵探しするのは信仰的にいいのか」、「いや攻撃開始時刻前に祈り終われって言っとけよ。準備砲撃が終わったらすぐ攻撃しないと敵が立ち直るぞ。兵卒まだしも士官のあんたまで信仰モードになってどうするんだ」、みたいな感じで段々と入り込めなくなっていきました。
そして「デズモンド!お前の聖書だぞ!」、えー、そこってやっぱり感動しないと駄目なの?
「パッション」とか観たことないし、メルギブもよく知らない(ワンス&フォーエバーとエクスペンダブルズ3くらいか)けど、興味はすごく湧く映画でした。
三十代父さん、コメントありがとうございます!
個人的にメル・ギブソンとは強い信仰心をもちながらも堕落したなんとも矛盾した人間、要するにこの『ハクソー・リッジ』におけるデズモンドの父親のような人でして、彼のそらもう篤い信仰心、狂気、マゾヒズム、凋落というプライベートな側面をそれなりに知っているとよりいろんな意味で楽しめる狂った映画、それがこの『ハクソー・リッジ』なのだと思います。
彼がデズモンドに対して羨望のまなざしを送っているのは明らかで、そのお姿はもはや神の領域であります。ですので、下々の凡人には理解不能な天界人として棚上に祀ってこそっと覗き見るのが正しいスタンスかとも思いますが、わりと素直に、本気で、「デズモンド凄い!感動!涙!」と言っている人もいたりするわけでして、実は世の中というのはボクの知らないところでいい感じに狂ってきているのだなぁと思ったり思わなかったり。
いや待てよ。狂っているのはもしや自分自身か?俺こそが狂っているのであり、実は奴らこそがまっとうな人間さまだったのか!?なんてよくわからない妄想に浸り、狂気に対する興味がすこぶるわくおかしな映画でしたよね。自分で書いてて途中から意味がわからなくなってきましたが、それだけ変な映画ということであり、そんな変な映画をうちの記事を読んで観ていただいたということは、これはもう平身低頭、感謝の言葉しかありません。はい、頑張ります。
すっげー、わかるー!
狂人のなせる業だね。アレは。
発露のさせかたを一歩間違えばテロリスト級の。
(눈_눈)さん、コメントありがとうございます!
行ききった善と悪が紙一重なのはつまりこういうことですよね。この映画のデズモンドはたまたま善い方向に転びましたけど、最悪な方向へと転んだおポンチで歴史の図書館は一杯なわけですから。