『狼の時刻』感想とイラスト 人喰いに会った夜

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映画『狼の時刻』マックス・フォン・シドーのイラスト(似顔絵)
「狼の時刻」。つまりは日本でいう「丑三つ時」。生と死が、人間と人外が、そして現実とまぼろしが交錯する不吉な、あまりに不吉な夜明け前。そんな不吉な闇夜にとらわれた男の狂気は、いつしか妻の心も蝕み出す……。

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作品情報

『狼の時刻』
Vargtimmen/Hour of the Wolf

  • 1968年/スウェーデン/87分
  • 監督・脚本:イングマール・ベルイマン
  • 撮影:スヴェン・ニクヴィスト
  • 音楽:ラーショ・ヨハン・ワーレ
  • 出演:マックス・フォン・シドー/リヴ・ウルマン

参考 Hour of the Wolf (1968) – IMDb

予告編動画

解説

狂風が吹きすさぶ世界と隔絶された孤島で、現実と妄想、正常と異常、善と悪、生と死の境界を見失っていく夫婦のバッキバキに決まったビジュアルを描いた心理スリラーです。

監督は『仮面/ペルソナ』『野いちご』のイングマール・ベルイマン。主演はベルイマン映画の常連である『エクソシスト』のマックス・フォン・シドーと『夜の訪問者』のリヴ・ウルマン。撮影監督も盟友のスヴェン・ニクヴィストが務めております。

あらすじ

北海の小島で暮らす、画家のユーハン・ボイル(マックス・フォン・シドー)とその妻アルマ(リヴ・ウルマン)。ある日、ユーハンが忽然と姿を消してしまった。彼の日記帳を今も大切に保管するアルマが、当時の事情について静かに語り始める……。

人嫌いのユーハンは孤独を好み、妻アルマを伴って7年前にこの小島へとやって来た。しかし彼の創作活動は芳しくなく、不眠や過去のトラウマにも悩まされ、徐々にその精神はバランスを失い始めているようだった。

ある日、ユーハンの留守中に現れた謎の老婆の言葉に従い、ベッドの下に隠された彼の日記帳を読んだアルマ。そこには彼の妄想、不安、苦悩、そして忘れられない過去の恋愛への想いが綴られており……。

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感想と評価/ネタバレ有

スタンリー・キューブリックの『シャイニング』や、デヴィッド・リンチの『ロスト・ハイウェイ』『マルホランド・ドライブ』などに影響を与えたとされる本作。なぜか日本では劇場未公開に終わったベルイマンの隠れた傑作を、新年の早朝から鑑賞するという至福の時。

あ、皆さま新年あけましておめでとうございます。年があけることの何がそんなにめでたいのか理解しかねるねんてポーズはとっても恥ずかしいので、右へならえで「めでたい!とにかくめでたい!」と連呼しながら、この「めでたい映画」の感想を書いていく所存。

人によってはまったく「めでたくない映画」かもしれませんが、快も不快も紙一重。ボクにとってはすこぶる「めでたい」この『狼の時刻』から2017年を始められることは、今年もまた呪われた一年になることを暗示しているようで、いやはや身が引き締まって裂かれる想いです。

始まるよ!

というわけで始まります。何がって?映画が。「静かに!撮影スタート!」ってな感じでこの映画が始まるのです。北海の小島で暮らす画家が行方不明になった事実を告げるテロップ。シンプルなタイトルバックにかぶさる舞台裏の喧騒。そして先の撮影開始の掛け声。

この『狼の時刻』の撮影自体が始まるのか?それとも失踪した画家の妻へのインタビュー撮影が始まるのか?いきなり多重的なメタ構造で頭がこんがらがりますが、このタイトルバックで鳴り響くガヤ、何かを叩く音、電ノコ、そしてサイレンの合奏はもはや音楽です。

このようになんとも奇異な演出で始まる『狼の時刻』。この時点ですでにボクの心をむんずと鷲づかみ。過去と現在と未来に向けてのたうち回るであろうボクの暗黒の一年を予言するかのような、めでたい、とにかくめでたい映画の異様な幕開けなのであります。

信用できない語り部

最愛の夫を失った女性アルマが、インタビュアーにその顛末を語るというていで進行するこの映画。アルマを演じるのはベルイマンの公私にわたってのパートナー、リヴ・ウルマン。彼女は妊婦の役を演じているが、撮影時、実際にベルイマンの子を身籠っていたとのこと。

彼女のけして快活とも美人とも言えない憂いに沈んだ不満顔。腫れぼったい唇から語られる夫の喪失と今でも消えない愛。執拗に結婚指輪をまさぐる指の動き。吹き荒れる強風。これから語られる彼女の物語を、信用してよいものなのかどうかいぶかられる不穏さである。

彼女が語ること、目撃したこと、体験したことははたして真実なのかどうか?信用しかねる語り部による再現VTR。何が現実で何が妄想なのか?何が真実で何が嘘なのか?そんなことは当人すりゃわかっちゃいない。それが人の狂気を覗くってことさ。

バッキバキの恐怖

彼女が語る夫ユーハン失踪の真実とは、幸福だったふたりきりの孤島生活。夫のスランプ。不眠と妄想。夫婦の生活に闖入してきた島の所有者と名乗る男爵一家。犯したとされる罪。忘れられない恋愛。その結果、森の闇へと消えていくユーハンという、なんとも意味不明なもの。

でもね、意味不明、荒唐無稽であたりまえ。これは画家ユーハンが現実なるものを喪失して彼岸へと旅立つ地獄道だから。つまりは現実と妄想の境界が限りなく曖昧だということ。すべては彼の不安が、恐怖が、焦燥が、トラウマが見せたイリュージョンへの沈殿。

彼の心の消耗ぶりを見せていくシュールで、シャープで、幻想的かつ悪夢的なモノクロ映像の数々は、ボクがこれまで観てきたベルイマン映画のなかでも屈指のバッキバキ!(といっても『第七の封印』『処女の泉』『仮面/ペルソナ』の3本しか観ていないが……)

暗く狭い室内で甲高く鳴り響く靴音、荒々しくページをめくる手の動き、息をするのもはばかられる拷問のような1分間。強風、鳥の鳴き声、ぬるりと現れる人の姿をした物の怪。狂気と嘲笑と退廃の晩餐会。暗い海へと沈む少年。人喰いどもの館。魔の森。etc.

闇、音、時間、そして空間。芸術家が描く本気のホラーとはかくも恐ろしい底なし沼なのであります。それではなぜユーハンはこんな恐ろしい底なし沼へとハマり込んでしまったのでしょうか?その裏には凡人にすぎない芸術家のどうしようもない現実が横たわっておるのです。

認めがたき凡才

それが最も象徴的に表れたのは、男爵の屋敷で行われたパーティの余興、モーツァルトの『魔笛』の人形劇です。「金のための仕事でも素晴らしい芸術作品を創作したモーツァルト」と、「芸術家を気取りながらいまだに何も生み出せていないユーハン」との対比。

天才と凡人との永遠に埋めようがない圧倒的な差。ユーハンはその発狂しそうな事実に気づいていながら、気づかないふりをし続けてついには真に発狂してしまったということなのです。かつて愛した女への想いや、ある夏の日に殺してしまった少年とは幻影、幻覚にすぎません。

もっと言ってしまえばユーハンを最終的に追い詰めた男爵一家、人喰い吸血一族の存在自体もまぼろし。要するにこの映画の大部分はユーハンが見た妄想、幻覚、幻影だということ。非力な、無能な、凡人にすぎない自分を認めることができなかった男の逃避の末の自滅。

あまりに身につまされる現実に背中と股間を冷たい汗が流れ、新年からしばらく寝込みそうな恐怖と内省を禁じえません。ユーハンが描いた絵を結局ただの一度も画面に映さないという演出も、こちらのいやらしい想像を増幅させてなんとも意地が悪いです。

しかし、ポンコツ芸術家だったユーハンが狂気へと落ち込む理由はわかるが、その妻であるアルマまで彼の妄想を同時に体験しているのはいったいどういうことなのでしょうか?

あなたとひとつに

「長年一緒に暮らしたふたりは相手に似てくる」と、劇中で何度も繰り返し、そうなることを望んでいたアルマ。同じものを見、同じことを考え、同じような顔で年老いていきたい。身も心も。そんな彼女の超重量級な愛情が叶えた夫との妄想の共有。

しかし、どこまでも同じ妄想を共有することなぞ不可能。クライマックスにおける闇深い森、人外どもの集団リンチはあきらかにアルマ固有の妄想です。ユーハンに依存し、その狂気に同化し、いつしか独自の妄想世界を突き進み出したアルマが見た自己救済のための夢。

同時期に作られた『仮面/ペルソナ』をひとつがふたつになった映画だと表現するならば、この『狼の時刻』はふたつがひとつになろうとした映画だということだろうか?でもね、ふたつでひとつはキャパオーバーです。その不幸な結果はアルマ、あなたが体験したとおり。

てなわけで、新年一発目からもともとおかしい頭をさらにおかしくしてしまう狂った映画を観てしまいました。なんとめでたいお正月でありましょうか。めでたさついでに核心に迫るネタバレを最後に記す暴挙をお許しください。

おそらくユーハンを殺害したのは妻アルマ自身です。

個人的評価:9/10点

DVD&Blu-ray

狼の時刻 DVD
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

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