『RAW~少女のめざめ~』感想とイラスト 肉を喰らわば骨までゆくか?

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映画『RAW~少女のめざめ~』ギャランス・マリリエのイラスト(似顔絵)

恋も色気も性欲も知らないベジタリアン少女が初めて覚えた肉の味。それは人として本来あるべき姿を獲得する通過儀礼であり、同時に呪われた宿命と対峙する障壁でもあったのだ……。

目次

『RAW~少女のめざめ~』感想とイラスト 肉を喰らわば骨までゆくか?

  1. イラスト
  2. 作品データ
    1. 予告編動画
  3. 感想と評価/ネタバレ有
    1. とりあえず結論から
    2. 映画の引き
    3. 青春お肉物語
    4. 血の宿命による凡庸化
    5. 人と獣を分かつもの

作品データ

『RAW~少女のめざめ~』
Grave/Raw

  • 2016年/フランス、ベルギー/98分/R15+
  • 監督・脚本:ジュリア・デュクルノー
  • 撮影:ルーベン・インペンス
  • 音楽:ジム・ウィリアムズ
  • 出演:ギャランス・マリリエ/エラ・ルンプフ/ラバ・ナイト・ウーフェラ/ジョアンナ・プレス/ローラン・リュカ

参考 Grave (2016) – IMDb

予告編動画

感想と評価/ネタバレ有

ベジタリアンとして育てられた少女が自らの内なる本能に目覚め、徐々にエスカレートしていく食肉への渇望、変化、葛藤のなかで逃れられない宿命を知るという青春ホラーです。監督はこれが長編デビュー作となるフランスの女性監督ジュリア・デュクルノー。

とりあえず結論から

お肉の魔力に憑かれた少女が、辛抱たまらず禁断の人肉カーニバルへと突撃する大人の階段のぼり劇に、想い出がいっぱいいっぱいになって失神病院送りになる者が続出したと一部で話題になった青春ホラー劇。満を持して我が国へとお肉の魅力を届けにやってまいりました。

肉汁が麦茶代わりな美食家といたしましては、「オニク、オニク、オニク、お肉食べよ~う」と熱唱しながら映画館内を闊歩しておりましたが、残念なことに満腹には至りませんでした。いや十分に美味ではあったのですがおかわりするほどではなかった。これがフレンチか。

もうもうと煙が立ち込める安い造りのプレハブ小屋で、正体不明のお肉をこれまた正体不明な酒と一緒にむさぼり喰らうボクのような美食家には、少々正体不明感が足らなかったのかもしれません。正体すぐわかっちゃったから。それでは腹八分の感想をご賞味あれ。

映画の引き

厳格なベジタリアンとして育てられてきた16歳の少女ジュスティーヌ。姉のアレックスが通う獣医科大学へと進学した彼女は、入寮初日に上級生たちからの過激な儀式を強制され、そこで生まれて初めて動物の肉を口にする。その日から徐々に変化していく彼女の心と体。

かたくなに拒んでいた食肉への渇望に囚われ、やがて自制を失っていくジュスティーヌ。変わりゆく自分に恐怖と不安を覚えた彼女は、姉アレックスへと助けを求めるが、アレックスもまた家にいた頃の彼女ではなくなっていた。そしてあるとき姉妹のあいだに事件が……。

映画冒頭、車道脇をひとりで歩く人影をロングでとらえたカット。切り返して走ってくる車。また切り返してみると人影は消えている。そして起こる突然の謎行動による事故。これら一連の流れを淡々と切り取った映像がとにかく不気味で不可解で、映画の引きとしては上々です。

そして主人公ジュスティーヌの鼻毛。気づいた方もおられると思いますが、大学へと向かう車中で陽光に照らし出された彼女の鼻の穴から猛々しく敬礼しておりました。さらには腋毛。もひとつ中盤の転換点でパンツの際から鬱蒼と顔をのぞかせるマン毛。引きとしては上々だ。

青春お肉物語

鼻毛の時点ではまだ半信半疑でしたが、うら若き乙女の腋毛をさらけ出した時点で勘のいいボクは確信いたしました。ああ、これは少女が大人の階段のぼる映画なのだな、と。親の庇護下で育ったおぼこ娘が、初めて外の世界に触れて文字通り一皮むける成長物語。

特殊だった少女が普通へと変わっていく物語。「人肉喰ってて何が普通じゃボケ!」と言われるかもしれませんが、ここで描かれているカニバリズム描写は思春期の変化、成長のメタファーであり、行為としては異常ですが心の動きとしてはしごくまっとうな結果なのです。

大学の入寮儀式で生まれて初めて肉を口にしたジュスティーヌ。その翌日から苦しめられる発疹は肉体の変化のきざしであり、脱皮です。そこから彼女の肉への尽きることがない渇望が始まります。肉への渇望とはつまり、恋やら愛やら性欲といった青春時代の通過儀礼。

そういうものとは無縁であったおぼこ娘が、ブラジリアンで脱毛し、セクシー衣装で鏡の前で踊り狂い、黄色と青を緑にし、ゲイのルームメイトの肉体に鼻血を流し、ついに迎えた初体験の夜に危ない目つきで甘噛みする。これは食肉を通した誰もが経験する普遍的物語なのです。

血の宿命による凡庸化

そんな普遍性がやがてカニバリズムへと発展していくわけですが、ここに特殊性と普遍性の両方の要素が備わっているというのが、ボクがいまいちこの『RAW~少女のめざめ~』に喰いつけなかった原因。人肉食のタブー感が薄れ、血の宿命と化してしまった普遍性。

ジュスティーヌの急激な変化、母親の隠蔽、父親の希薄さ、アレックスの解放感。ジュスティーヌ一家の描写や彼女の変化によって、ある程度先の展開が読めてしまった方も多かったのでは?事実ボクは読めてしまって、この安易さに少々食欲がうせてしまったのは確か。

要するに、ジュスティーヌのカニバリズム行為は呪われた血の宿命だったということ。一種のヴァンパイアものです。つまりは彼女にとっては人の肉を喰らうというタブーがタブーではなく、当然なる欲求だったというわけ。一般的には特殊だけど彼女の家系ではそれが普通。

先に家を出てそれに目覚めたアレックスは、本能が欲するままに車の前へと飛び出し、事故った被害者の肉を喰らって渇きを潤していた。冒頭の不可解なロングショットの意味はこれだったのです。母親から受け継がれてきた抗えない血の宿命。人の肉の味を覚えた獣の未来。

そんな呪われた家族がこの問題にどう対処すべきか?一線を踏み越え続けたアレックスと、母と父が編み出した愛による回避行動。そんなふたつの先例を突きつけられて、ジュスティーヌがこの宿命とどう折り合いをつけるのか?その回答を放り投げた幕切れはなんとも秀逸。

ですが、彼女たちのカニバリズム行為を血の宿命と描き出してしまったことにより、人が人以外の鬼畜へと堕ちる禁忌感や、その行為自体のグロテスクさや特殊性が薄れてしまっていたのは非常に残念。特殊が普通になる物語かと思ったら最初から土俵が違った?って感じ。

人と獣を分かつもの

最初から人外であった彼女らにとっては人肉喰らいはもって生まれた習性にすぎない。特殊ではあるが普通。過激な描写による普通への通過儀礼を描いていたと思いきや、実は最初から最後まで特殊なまんまで、でもその特殊さも家系を考えればいたって普通だったというなんかもうややこしい構図。

このややこしさがカニバリズムというカーニバルの醍醐味を阻害してしまっていたのは明白。この程度で失神する奴らは腰抜けじゃ!もっと旨い肉を喰え!人が人の肉を喰らうってのはもっと切実な人間の危機なんじゃよ!最初から人外だったらその危機はないじゃろが!

なんてところが美食家であるボクにとっては不満なのですね。異常であるはずのカニバリズム行為が普通になってもうとる。これなら発疹をかきむしる脱皮や、ブラジリアンワックスや、ルームメイトを見つめる視線や、性欲と肉欲のはざまの甘噛みのほうがはるかに衝撃映像。

あとまあアート臭いメタファーが過ぎるというのも問題かな。しかもそのメタファーがけっこう直接的で深みがない。初潮を促す血の洗礼から始まり、性欲の象徴である馬が抑制されている夢、獣のように這いずり回る民族大移動、人肉の味を覚えた犬の安楽死、などなど。

そもそも獣医科大学が舞台として設定されている時点で、これが人と獣を分かつ地点を探る映画だということは容易に想像がつきます。人にも獣にも生来から備わっている本能。その本能とどう折り合いをつけていくかによって人としての本質が問われている。

特殊から普通へと通過しながらやっぱり特殊な普通だった主人公ジュスティーヌが、この問いにいかなる回答を導き出すのか?それをジュスティーヌへ、そして我々観客へと放り投げた幕引きはこの作品の白眉であり、人生の壁に直面した人間の普遍的な悩みがあります。

この普遍性こそが本作の肝であり、美食家のボクを腹八分に終わらせた要因でもあります。旨いか不味いかでいえば十分に旨い肉ではあるのですが、やっぱりボクはあの気密性の高いプレハブ小屋で食べた正体不明の肉の味が忘れられない。あの背徳感と禁忌感と恍惚。

てなわけで次回予告。この『RAW~少女のめざめ~』とハシゴ鑑賞してきた『ザ・ヴォイド』にはそういうなかば腐った正体不明のお肉臭がプンプンしますので、下痢を恐れぬツワモノどもは乞うご期待!っていうか観ろ!替えのパンツ持参で今すぐ観ろ!脱糞しやがれい!

個人的評価:6/10点

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