世にも珍しい中東ホラー。迫りくる戦火のなかで、抑圧された母と娘の緊張状態が風とともにジンを呼び、娘が愛する存在の頭はもがれ、母は一心不乱にエアロビを踊り狂う!
作品情報
アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物
- 原題:Under the Shadow
- 製作:2016年/イギリス、ヨルダン、カタール、イラン/84分
- 監督・脚本:ババク・アンヴァリ
- 撮影:キット・フレイザー
- 音楽:ギャヴィン・カレン/ウィル・マギリヴレイ
- 出演:ナルゲス・ラシディ/アヴィ・マンシャディ/ボビー・ナデリ
参考 Under the Shadow (2016) – IMDb
予告編動画
解説
1988年、イラン・イラク戦争中の首都テヘランを舞台に、召集された夫の帰りを待つ妻と娘を襲う「何か」を描いた社会派ホラーです。「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
監督と脚本はこれが長編デビュー作となるイラン出身のババク・アンヴァリ。英国アカデミー賞で新人賞を獲得したほか、第89回アカデミー賞の外国語映画賞イギリス代表作品にも選出された、アカデミー賞史上で最も怖い映画なんだとかかんとか。
感想と評価/ネタバレ有
気になる映画は数あれど上映回数が限られているのでとにかくタイミングが合わない「未体験ゾーンの映画たち」。でもすぐにレンタル解禁されるのでまあいっか。てなわけで、そのなかの一本『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』を本日はご紹介します。
意識高い系中東ホラー
1988年、イラン・イラク戦争末期の首都テヘラン。かつて医者を志しながらもさまざまな事情でその夢破れた女性シデーは、5歳になる娘のドルサとともに、前線へと召集された夫の帰りを待っていた。そんな彼女らが住むアパートの屋上に落下してきた不発弾。
その不発弾とともに邪悪な悪霊の“ジン”もやって来たと怯える娘のドルサ。激化していく戦争の不安、恐怖、孤立。戦火を逃れて疎開していく隣人たち。とうとうシデーとドルサのふたりだけになってしまったアパートに、「何か」が現れるのだった……ってのが簡単なあらすじ。
中東を舞台としたホラーという時点であまりお目にかかれない希少種ですが、現実的な戦争の不安と恐怖に重ねて、そこで暮らす女性の抑圧、母と娘の関係、それらをイスラム圏に存在する悪霊ジンによって恐怖化した異色のホラーで、なかなか野心的なものを感じます。
それがもっと切実な恐怖や不安、面白さと結びついたら良かったのですが、正直、映画としてはちょっと退屈かな?ホラーとしての恐怖描写にも斬新さはありません。そんな映画がなぜこうも評価されたのか?それはやはり社会的な問題を扱っているらしい意識の高さにあるのでしょうね。
ぼんやり頭じゃイラつくだけ
「らしい」と表現したのは、当時のイランの政治的、文化的、宗教的状況を理解していないとその意識の高さについていけないから。イラン・イラク戦争の背景、イスラム教の戒律、当時のイランの内情、な~んにも知らんので描かれている問題もよくわからんのです。
母親の心理的な不安や不満が子供との関係に亀裂を生じさせ、それが影の魔物“ジン”として実体化してくるという恐怖の構図は、『ババドック ~暗闇の魔物~』とよく似ております(サブタイトルなんかは明らかに意識している)。
しかしあちらが普遍的な子育てにおける母親のストレスを怪物化していたのに対して、こちらはもっと局所的な印象で、イスラム教や中東の文化、歴史を知っていないとストレートには響いてこないのですよね。描かれている恐怖の、不満の根っこがわからんのです。
なぜシデーは医学部を辞めたのか?政治活動をしていた過去があるとなぜ復学できないのか?彼女と亡くなった母親との関係とは?なりたい自分になれなかったシデーの苛立ちの根っこに、イスラム社会、当時のイランの政治的状況があることは薄ぼんやりと理解できますが、ぼんやりしているだけにそっから先に進めない。
シデーにとってこの環境が居心地のいいものではないのは確かです。おそらくは自由な西欧世界に憧れを抱いている彼女にとって抑圧以外の何ものでもないのでしょう。その抑圧が彼女を苦しめ、苛立たせ、娘との関係に緊張状態を生み、悪魔が忍び寄る隙を作った。
その悪魔ことジンが、風とともに舞い狂うチャードル(イランの女性が外出時に着用を義務づけられる全身を覆う布)だというのも、シデーが感じている抑圧と不満を象徴していると思います。イスラム社会で理想的だとされる女性像に反発する彼女の深層が見せた幻影。
とまあない頭を絞り尽くしてそれっぽい理屈を並べ立てたりしてみましたが、詰まることろはよくわかりません。よくわからんので、自分の不満から夫や娘に当たり散らし、ついには家中を破壊するヒス女として、シデーに共感や同情を寄せられないのもこの映画にいまいち乗りきれない理由。
かわいそうだとか怖いというよりも、イラついんちゃうんですよね。対する娘のドルサが見せるお気に入りの人形キミアに対する執着もイラつきの元凶で、つまりは母子揃って観てるとイライラムカムカしちゃうわけ。そんなイラムカ母子の対立を延々見せられるのはやっぱり面白くないよね。
エアロビホラー
結局のところジンは本当に存在したのかどうか?戦争の恐怖、環境への不満、母子の緊張関係が見せた幻覚だったのか否か?そのへんを曖昧なままに不穏さを残して終わるラストはなかなかに秀逸です。ジンは標的にした人間の一番大事な物を奪って取り憑くのだとか。
ドルサの人形とシデーのエアロビのビデオ。これらを奪ったのは本当にジンなのだろうか?もしかしたら互いが互いの大事な物を?っていうか娘の人形はわかるけど母のエアロビって!でもね、なにげにこの映画で最も怖いのはジェーン・フォンダのエアロビビデオなのです。
自身の抑圧や不満や鬱憤を叩きつけるかのように一心不乱に腰を振り振り踊りまくるシデーのダンシングタイム。しかもそのビデオのインストラクターは進歩的女性の象徴ジェーン・フォンダ。そんなエアロビビデオに対する一心不乱ぶりがとにかく恐ろしいのです。
そんな家宝を奪われたシデーが、何も映っていないテレビの前で一心不乱に踊り狂う姿なんてまさに狂気ですよね。でもね、彼女にとって本当に大事な物はそんなものではなかった。本当に大事だったのは彼女の夢。なりたかった自分。引き出しに仕舞われたあの医学書。
命からがら恐怖のアパートから逃げ出した母子の部屋では、あの医学書のページが風でめくられている。そして地下室にはもげたキミアの頭が。何も解決していないし、終わっていないのかもしれない。よくわからない映画のよくわからないラストではありますが、この曖昧な終わり方はボク好きだなぁ~。
個人的評価:4/10点
DVD&Blu-ray
VOD・動画配信
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