見慣れたはずの日常へと忍び寄る、何かが違う、何かがおかしい、何かが起こっている「かも」しれない恐怖。真に恐ろしいのは変わってしまった恋人や異星人による侵略ではなく、この「かも」なのですよ皆さん……。
作品情報
SF/ボディ・スナッチャー
- 原題:Invasion of the Body Snatchers
- 製作:1978年/アメリカ/115分
- 監督:フィリップ・カウフマン
- 脚本:W・D・リクター
- 撮影:マイケル・チャップマン
- 音楽:デニー・ザイトリン
- 出演:ドナルド・サザーランド/ブルック・アダムス/レナード・ニモイ/ジェフ・ゴールドブラム/ヴェロニカ・カートライト
予告編動画
解説
地球がねっとりサヤ人間だらけになってしまうというSFホラー映画です。ドン・シーゲル監督による『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』(1956)の最初のリメイク作品で、これ以降もさらに2回リメイクされているという珍しいお話。
監督は『ライトスタッフ』のフィリップ・カウフマン。出演は『赤い影』のドナルド・サザーランドを筆頭に、『デッドゾーン』のブルック・アダムス、『ザ・フライ』のジェフ・ゴールドブラム、『エイリアン』のヴェロニカ・カートライト、そして“ミスター・スポック”ことレナード・ニモイなど。
オリジナルの監督・主演であるドン・シーゲルとケヴィン・マッカーシーに、なぜだかロバート・デュヴァルまでチラッと出演しておりますので、気になる方はどうぞ探してみてくださいな。あ、忘れてた。人面犬さんも出演なさっておられますよ。
あらすじ
サンフランシスコの公衆衛生局に勤める調査官のマシュー(ドナルド・サザーランド)。ある日、同僚のエリザベス(ブルック・アダムス)から「恋人が別人のようになった」という奇妙な相談を受ける。
その翌日、やはり彼はもとの彼ではない何か別のモノに変わってしまったと告げるエリザベス。時を同じくして、街の様子も普通のようでいて普通ではない、何か異常な空気を漂わし始めていた。
そしてとうとうそいつは表面化する。マシューの友人ジャック(ジェフ・ゴールドブラム)の家に現れた謎の物体。それは繭状の物質のなかにジャックそっくりの人間まがいが包まれているという異様な代物であった!
感想と評価/ネタバレ多少
何かと大人気なジャック・フィニイによるSF小説『盗まれた街』。今回鑑賞したフィリップ・カウフマン版、1956年のドン・シーゲル版、1993年のアベル・フェラーラ版、2007年のニコール・キッドマン主演版と、実は都合4回も映画化されておるのです。
やはり偉大なオリジナルとの比較をしたかったので、ドン・シーゲル版を観るまではと忍の一字でこれまで堪え忍んできたのですが、とうとうこらえきれずに手を出してしまいました。人間には忍耐の限界というものがあるのです(そんな大層なことか?)。
静かに蔓延していく絶望
地球外からやって来た寄生体による人体乗っ取り、地球侵略という現代においては使い古された感のあるボディスナッチ系のプロットですが、そのプロセスの淡々とした空恐ろしさが地味に怖い映画でありましたね。
いつもと同じ風景のなかで、静かに、しかし確実に進行していく侵略作戦。植物を介した侵入。複製サヤ人間というアイデアも秀逸です。気づいたときにはもはや手遅れで、むなしい悪あがき、無力感と絶望感が映画を支配するのもブラック好きにはたまりません。
まあ30年以上も前の映画ですので、特撮面でのチープさは否めませんし、サヤ人間へと変化したかしてないかの判別の容易さ、ややありきたりな後半の展開など、期待が大きかっただけに不満も少なからずあるのですけど、前半から中盤におけるシュールとも形容できる侵略作戦の進行過程はまさに恐怖です。
すべてが怪しい「かも」?
唐突に画面を走り抜ける人物。ガラス越しの人影。すれ違う人々。彼らの視線。何かが起こっているのかもしれないし、何も起こっていないのかもしれない。変わってしまったのかもしれないし、変わっていないのかもしれない。
人間関係が希薄な都市生活者にとって、真に恐ろしいのは身近な人物が変わってしまうことより、名前も知らない隣人がある日突然、正体不明の何かに変わってしまったかもしれないという不安。それを確かめるすべがないからこその恐怖なのです。
そんな世界がおかしくなったのか、自分がおかしくなったのか判別不能な心理的不安を、絶妙のライティング、カメラワーク、構図がさらにチクチクと刺激してきて、不気味な音楽と音響がトドメとばかりに追い打ちをかけてきます。
この画面に映っているものが等しく怪しく、不穏で、不気味な効果は、かのニコラス・ローグの名作『赤い影』に通じるものがあり、どちらもドナルド・サザーランド主演という奇妙な偶然にもある種の必然を感じます。監督の狙いはあの不穏な空気感の再現にあったのではないでしょうか?
ドナルド・サザーランド
ゆえに、事態の真相が明らかになるにつれて正体不明の恐怖感というのは減退してゆき、後半はやや凡庸な展開になってしまうのが残念ではありますが、この手の映画では珍しい主人公ふたりの微妙な距離感による悲恋劇としては相当に好みです。
港でそっと彼女を抱きかかえ、希望をささやく彼のやさしさ、その直後に現出する絶望、そしてクライマックスへ向けての怒涛の展開がたまりません。ある種の平穏が訪れたかのようにも見えるラストシーンを不気味に切り裂く、耳障りな怪奇音も夢に出てきますよ。
しかし、1970年代におけるドナルド・サザーランドのフィルモグラフィには見事なものがありますよね。『M★A★S★H マッシュ』から始まり、『戦略大作戦』『コールガール』『イナゴの日』『1900年』、そして前述した今作とも通じる不穏すぎる傑作『赤い影』。
ぬおぉおおおぉおおぉおおおお!なんか無性にまた『赤い影』が観たくなってきたぞぉ!
個人的評価:7/10点
コメント
この作品は深夜に放送したのをみました。
(もちろんVTRで収録したものです)
そして、この作品とアベル・フェラーラの板を持っています。
(ニコール・キッドマン主演のは「浜松–静岡」でみました。
これについてはちょっと長くなるので省略)
原作も「2回」かいました。
(はじめに買ったのは引越しの時、捨ててしまった様です)
それにしても、この作品の最後がああなるとは!
なんかぶつ切りになったので、初めは凄い違和感を感じました。
あと、「ブランコ神父」がロバート・デュヴァルとは驚きました。
でも、この作品、意味ありげで何もその後の展開に影響の無いシーンが
多い気がします。
(冒頭で走る男とか。あれってもしかして監督?)
しかし好きな作品であります!!!
オリジナルは観ていませんが、これってものすごく高いのですよね?
(むかぁし、何かと抱き合わせで少し安く売っていたのを買えばよかったと
今でも後悔しています。)
ダムダム人さんコメントありがとうごいます!
数あるSF映画の中でも最も薄気味悪いラストのひとつではないでしょうかね、これは。しかもおっしゃるとおり、ラストだけではなくてもう全部が薄気味悪い!意味もなく画面を走り抜けていく人物。なぜかこちらを見ている視線。ガラスの向こうの影。意味があるのかないのか?それがわからないのが恐怖であり、この映画がおもしろい所以だとも思います。
ドン・シーゲルによるオリジナル版は本当に観たい一作ですけど、おっしゃるとおり現在ではバカ高い!早いことどっかで復刻してくれないですかね~。