『ミッドナイトクロス』感想とイラスト 耳に残るは君の泣声

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映画『ミッドナイトクロス』ジョン・トラヴォルタのイラスト(似顔絵)
過去のトラウマからの脱却を願った男。恐ろしい事件をこの手で解決し、愛する女を守り抜くことを誓った男。今、彼の耳に残るのは、生涯消えることがない最高の悲鳴……。

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作品情報

『ミッドナイトクロス』
Blow Out

  • 1981年/アメリカ/107分
  • 監督・脚本:ブライアン・デ・パルマ
  • 撮影:ヴィルモス・ジグモンド
  • 音楽:ピノ・ドナッジオ
  • 出演:ジョン・トラヴォルタ/ナンシー・アレン/ジョン・リスゴー/デニス・フランツ

参考 ミッドナイトクロス – Wikipedia

予告編動画

解説

B級映画専門の音響効果マンが、偶然にも録音した自動車事故のテープにはこの事故が実は殺人であった証拠が収められており、それによってある政治的陰謀へと巻き込まれていく男の悲劇を描いたサスペンス映画です。

監督は『悪魔のシスター』のブライアン・デ・パルマ。主演は『サタデー・ナイト・フィーバー』のジョン・トラヴォルタと『ロボコップ』のナンシー・アレン。デ・パルマとアレンは当時夫婦関係にありましたが、本作撮影後の1983年に破局しております。

共演には『愛のメモリー』でも悪役を演じたジョン・リスゴー、デ・パルマ映画の常連で『フューリー』『殺しのドレス』などにも出演しているデニス・フランツなど。音楽を担当するのはもちろん盟友ピノ・ドナッジオ。

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感想と評価/ネタバレ有

ヒッチコックの模倣だ粗悪品だと叩かれまくっていたデ・パルマが、目先を変えようと今度はミケランジェロ・アントニオーニの名作『欲望(Blowup)』を下敷きにしてはみたものの、結局はいつもどおりの『めまい』へと落ち着いた、「雀百まで踊り忘れず」映画です。

しかしこの『ミッドナイトクロス』によって、ついにデ・パルマはヒッチコックを超えたと言っても差し支えないでしょう。模倣から出発してついにオリジナルを超えた瞬間。この映画は『めまい』以上にドラマチックで、スリリングで、悲劇的な傑作中の傑作なのですから!

悲願のトラウマ脱却

物語はB級映画専門の音響効果マンが、夜の川辺で映画用の効果音を録音中に自動車事故へと遭遇し、そのとき録音された殺人の証拠によってある政治的陰に巻き込まれていくというもの。死亡した運転手は実は大統領候補で、対立候補の刺客によって暗殺されたというわけ。

しかしこの政治サスペンスはいわゆるマクガフィンに過ぎず、この映画の主題は事件を目撃した男と、事件に巻き込まれた女との出会いと別れを描いた、せつない、あまりにせつないドラマにこそあるのです。これによってデ・パルマはヒッチコックを超えたのです。

主役のふたりを演じるのは、デ・パルマの出世作『キャリー』で不良のカップルを演じたジョン・トラヴォルタとナンシー・アレン。トラヴォルタのかたくなな誠実さと、アレンの蓮っ葉なチャーミングさ(ともに死語かな?)がたまらない名コンビです。

事件を知りすぎてしまった女と、事件を忘れることができない男。見なかったこと、聞かなかったことにすれば悲劇的結末は避けられたかもしれませんが、トラヴォルタ演じるジャックにはどうしてもそれができなかったのです。過去のトラウマから脱することを願ったために。

二兎を追う者は一途も得ず

ジャックのトラウマとは、私服警官時代のおとり捜査で、自分が準備した盗聴装置の不備により同僚を死なせてしまったこと。彼の人生はこの悔恨に囚われており、つまりはデ・パルマお得意の負け犬。ジャックは今回の事件解決を通してトラウマからの解放を望んだのです。

切実なる負け犬人生からの脱却。それによって愛するサリー(ナンシー・アレン)を危険にさらすことになるとも知らずに。いや、知っていたのにもはや引き返すことはできなかったのかもしれない。彼女と、トラウマ解放の両方を手に入れようと思ったのかもしれない。

しかし二兎を追う者は一兎も得ず。そのあまりに非情な現実を、デ・パルマはめくるめく映像美によって我々観客に突きつけてくるのです。この『ミッドナイトクロス』で乱舞するデ・パルマの映像テクニックの数々は、デビューから磨き上げた技術の集大成と言えるでしょう。

ありえないサラウンド・カメラ

一人称視点によるストーキング。ニュース映像を使用したスプリット・スクリーン。ディープ・フォーカス乱れ撃ち。真俯瞰映像。そして白眉は2度行われたサラウンド・カメラ。しかも360度パンと360度旋回の2種類をぶち込んでくるというまさに大盤振る舞い!

1度目はジャックの作業場を舞台に、何者かの侵入によって彼のテープがすべて消去されているという驚愕の事実を伝えるシーンで、部屋のなかで右往左往するジャックの姿をなんと2分間にわたって映し出し、360度パンを6回転もするという出血大サービスで鼻血ブー!

そして2度目はこの『ミッドナイトクロス』最大最高最悪のクライマックスに満を持して登場するのです。ジャックは今回の事故が殺人であった事実を伝えようと、人気キャスターに証拠のテープを渡そうとするものの、そこに現れたのはキャスターの名を語った暗殺者。

暗殺者バークを演じるのは『愛のメモリー』に続いて悪役を演じたジョン・リスゴーで、依頼主の意に反して暴走を繰り返す壊れた暗殺者の狂気を見事に演じております。彼が仕掛けた罠によって囚われの身となるサリー。サリーを救おうと激走するジャック。

万が一に備えてサリーに盗聴マイクを仕込んでいたジャックは、なんとか彼女とバークの居場所を突き止め、盛大なパレードの輪をかき分けて必死に、必死にサリーを救おうと激走するのです。異様に長いスローモーションでとらえられたその姿のなんとスリリングなことか!

スローモーションによる緊張感の持続と増大は、その後の大逆転を盛り上げるための布石であるのが定石です。ヒロインはヒーローによって救われる。しかし!しかしです!この『ミッドナイトクロス』ではそんな物語としてのお約束をぶち破る驚愕の結末が待っていたのです!

間に合うはずのヒーローの手は届かないし、助かるはずのヒロインはキチガイによって惨殺される。こんな、こんなラストは娯楽映画としてありえない!ありえないが、ありえないがゆえに傑作!そしてここで満を持して登場するのが2回目のサラウンド・カメラ!

フィラデルフィア最大の祭り“自由の日”を祝う盛大な花火をバックに、息絶えたサリーを抱きかかえて無念と絶望の涙を流すジャックの姿を、変則的な360度旋回によって見惚れるほど美しく、そして心がどうにかなりそうなほどせつなく映し出しておるのです!

最高の負け犬映画

過去のトラウマからの解放を求め、ひとりの女を愛し始めていた男の心に刻まれた、生涯消えることがないトラウマ。さらに追い打ちをかけるのが、サリーに仕掛けた盗聴マイクの存在により、彼女の断末魔の悲鳴はジャックの耳に、テープに永遠に残り続けるという事実。

B級映画の音響効果マンであるジャックは、新作で使う最高の悲鳴を探していた。このくだりがコメディリリーフとして作中に何度も登場するのですが、これが実はラストの伏線だったなんて誰が気づいたことでしょう。そう、ジャックはサリーの「最高の悲鳴」を使ったのです。

これは彼女が生きた証をフィルムに残すなんて生易しいものではありません。これは自分への戒めであり、罰であり、生涯にわたってこの呪いとももに最低の人生を歩むことを自らに課した、死ぬまで負け犬宣言なのです。デ・パルマ史上最高最悪の負け犬映画の誕生です。

『めまい』を観て死んだ女に憑かれたデ・パルマは、ついにこの『ミッドナイトクロス』によって『めまい』を、ヒッチコックを超えたのです。その事実は、この映画で無残に死ぬ女を演じたのが当時の妻であるナンシー・アレンだったという事実からも決定的です。

デ・パルマは、自らの性癖を充足させるため、自分の妻を映画のなかで殺したのです!それが彼の愛であり、性的興奮であり、人生の願いであったのです!ああ~なんて気合の入った尊敬すべき変態だろうか!こののちアレンから捨てられたという結末もなんとかぐわしい!

デ・パルマが自身のパーソナルな変態性を爆発させ、ルーツとも言える『めまい』をついに超えてみせた、主人公と観客に生涯消えることがないトラウマを植えつけた悲劇の傑作。結末までネタバレ全開で書き殴ってしまいましたが、未見の方はぜひとも観てください!

悲鳴が!サリーの断末魔の悲鳴が!生涯あなたの耳から消えることはありませんから!

個人的評価:9/10点

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コメント

  1. ボンドレイク より:

    「ミッドナイト・クロス」は私がデ・パルマ作品にハマるキッカケとなった映画です。タランティーノの映画ランキングに入っていたので、テレビで録画して観てみました。そしたらビックリ! 「なんて哀しい結末だ!」と驚きましたよ。 でもなぜかもう一回観たくなってしまいます。 
     バッドエンド系統の映画で何回も観たくなる映画って珍しいですよね。それとも私の感覚がおかしいのか。(よくよく考えてみたら他にもあったような…)
     そして 「デ・パルマは、自らの性癖を充足させるため、自分の妻を映画のなかで殺した!」 さすが変態はやることが違いますよね。 やはり真の天才とは変態のことを指すのでしょうか。
     この映画の後に「casualties of war」,「carlito’s way」,「scarface」,「carry」,「body double」,「mission:impossible」と観てきたのですが、「blow out」のように悲劇的な作品はありませんかね。「casualties of war」と「carito’s way」はそれなりに悲劇的でしたが。

    • ボンドレイクさん、コメントありがとうございます!

      『ミッドナイトクロス』ほど美しくも悲しく、救われないラストはないのではないかと思っております。ホントに通常のハリウッド映画ではありえない結末ですからね。しかしだからこそこの映画は生涯忘れられない傑作として強く胸に刻み込まれた。しかしこれだけ何度も観返したくなるバッドエンド映画というのもホントに珍しいですよね。変態であり天才だけがなしえる奇跡。『カジュアリティーズ』や『カリートの道』なんかもその系譜ですが、やはりこの作品のインパクトの前では霞みます。ああ~また観て心の底から泣くかな!

  2. ブッチ より:

    待ちに待ったリマスターによるBD化!少々値段ははるものの大好きなデ・パルマ作品とあって予約購入しました。
    今回、久し振りに何度目かの鑑賞となりましたが、やはり何度見ても大傑作ですね〜。
    BDの画像には正直もっと期待していたのですが、それでも40年近く昔の映画(!)であることを考えれば全体的に相当綺麗な絵にはなってるとは思います。

    内容はもう言うまでもないですが、改めてどこから見ても、どこをどう切ってもデ・パルマ映画で本当に最高です。この頃のデ・パルマの作品って、1シーン1カットに至るまで、技巧を凝らした濃厚なデ・パルマ色で染め上げられていて、かつ見事にそれがハマっているという、本当に「濃い」作品なんですよね〜。それをBDで何度でも観ることができるというこの至福!
    デ・パルマ作品はBDの再生率は必然的に一番高くなっています。

    しかし、この映画のラストは何度見ても素晴らしく切ないですよね。群衆の中をスローで走り抜けるジャックの祈りにも似た思い、そしてあのクライマックス、ああ神様!その後雪の中で録音を聴いて噛みしめるジャック。もう二度と立ち上がることができないであろう彼の悲劇。この映画のラストは私の中では切ないラストシーンのぶっちぎりNo1ですね。
    この頃のデパルマの映画って、殺しのドレスみたいな、いやらしい官能的な特徴もありますが、一方で「ファントム・オブ・パラダイス」や「キャリー」やこの映画のように、主人公のプラトニックで純粋な愛を成就させかけといて、実は永遠に成就させないという、まさに天国から地獄に突き落とす抜群のいやらしさを見せてます。観客の気持ちをもてあそぶデ・パルマの変態オヤジ顔が思い浮かぶようですが、でもそれでいいんです!こんな映画でもてあそんでくれるのなら!

    • ブッチさん、コメントありがとうございます!返信が遅くなってしまって申し訳ありません。

      本当に待ちに待ったBD化!ボクもその一報を聞いてすぐさま予約しすでに手許にはあるのですが、多忙ゆえにまだ観られていないのが現状です。まあ楽しみはあとに取っておくというのもたまにはいいかもしれませんが。

      しかしこの『ミッドナイトクロス』をきれいな画質でいつでも好きなときに観られるわけですからこんなに素晴らしいことはありません!技巧の粋を尽くした映像テクニックの数々、若き日のジョン・トラヴォルタ、ナンシー・アレン、ジョン・リスゴーの魅力、そして、そしてあまりにせつなくも痛々しすぎる圧巻のクライマックス!「娯楽映画ってこういうもんだよね」という範疇からあまりにも逸脱した悲劇には何度観てもあふれ出る涙を抑えることができません。何度観ても、「頼む間に合ってくれ!今度こそは間に合ってくれ!」と願わずにはいられない。間に合うわけがない、映画の結末は変わらない、これは映画なんだ、とわかっていてもそう願ってしまう不条理。しかし思ってしまうのです。そしてその願いもむなしく必然的に訪れる悲劇に打ちひしがれて涙するのです。こんな映画そうそうないですよね!ボクも近いうちにBDで再見します!

  3. おーい生茶 より:

    僕はこの映画がデパルマ監督のキャリアの転換点になったと思います。
    B級ホラー映画パロで始まる冒頭と街で車が派手に爆走するクライマックス。
    作風の変化を象徴していると思います。
    製作予算が増えてスター男優を起用すると作風を変えざるをえません。
    ジャーロと裸を卒業してアクションと銃を撮る監督になるのです。

    当作のメイン役者はキャリーで共演したトラボルタとナンシーアレン。
    トラボルタはロングショットで撮ると手足が長く画面映えする体型です。
    それに比べると30代のナンシーアレンは輝きが薄れつつあります。
    劇中で叫んで死ぬ彼女の姿は自身の今後のキャリアと不吉に重なります。

    ハリウッドは熾烈な椅子取りゲームの世界。
    一人の鬼才が出世して、椅子を空けるやすぐに別の鬼才が出現します。
    カナダからクローネンバーグ監督が殴り込んでくるんですよね。

    • おーい生茶さん、ホントに返信が遅くなってしまって申し訳にも申し訳が立ちません。

      本作をデ・パルマの転換点だと考察する視点は、転換点であるとともに頂点、そしてこれから下降線をたどるという意味合いでなかなか深いものがありますね。彼は結局、大人の監督になろうとしてなれなかったのかもしれません。永遠の映画小僧なのです。それが愛すべきゆえんであり、叩かれるゆえんでもあるのですけど(笑)。