『孤狼の血』感想とイラスト バランス命は命取り?

映画『孤狼の血』松坂桃李のイラスト(似顔絵)

ヤクザと言えば昭和の広島を舞台に、血で血を洗う抗争の渦中へと自らずんずん突き進んでいく悪徳刑事のギリギリの綱渡りはバランスが命だが、映画としてはそれが命取り?

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目次

『孤狼の血』感想とイラスト バランス命は命取り?

  1. イラスト
  2. 作品データ
    1. 予告編動画
  3. 感想と評価/ネタバレ多少
    1. とりあえず結論から
    2. 昭和の香りはココナッツ
    3. 松坂の目を通した役所
    4. 見せない勇気が欲しかった
    5. 松坂桃李の覚醒

作品データ

『孤狼の血』

  • 2018年/日本/126分/R15+
  • 監督:白石和彌
  • 原作:柚月裕子
  • 脚本:池上純哉
  • 撮影:灰原隆裕
  • 音楽:安川午朗
  • 出演:役所広司/松坂桃李/真木よう子/滝藤賢一/阿部順子/ピエール瀧/石橋蓮司/江口洋介/竹野内豊

参考 孤狼の血 – Wikipedia

予告編動画

感想と評価/ネタバレ多少

昭和63年の広島を舞台に、抗争の火種がくすぶる暴力団同士のバランスを維持するためには何事をもいとわない悪徳刑事と、彼とコンビを組むことになった新人刑事とのギリギリの綱渡りを描いたクライムサスペンスです。監督は『凶悪』『サニー/32』の白石和彌。

とりあえず結論から

日本人のくせして日本の映画をほとんど観ない非国民が気まぐれに『孤狼の血』を観てきました。今も昔もあまり邦画は観ないので、「古き良きヤクザ映画の復活!」と言われても、東映任侠路線と実録シリーズの違いもよくわかっとらん有り様です。

少ない鑑賞歴から想像するに、ドライかウエットかの違いなのかな?などと考えてみると、なるほど、この『孤狼の血』にはその両方が収まっているような気がする。でもそれが映画として正解だったのかどうかは疑問符で、バランスとは正義ではなくただの安定であると思う。

昭和の香りはココナッツ

昭和63年広島の架空都市“呉原”。地場の暴力団“尾谷組”と、広島市内を中心とする巨大組織・五十子会系の“加古村組”とは一触即発の緊張状態にあった。そんななか、加古村組のフロント企業である金融会社社員が突然失踪する。

この事件を殺しと見たマル暴のベテラン刑事である大上は、県警本部からやって来た新米刑事の日岡を引き連れ、この失踪事件をネタに両暴力団の抗争つぶしを図るのだが、ヤクザとズブズブの関係にある大上の行動は常にギリギリの綱渡りであった……。

「警察小説×『仁義なき戦い』」と評された原作は未読ですが、映画版を観終えた感想としては『仁義なき戦い』よりも『県警対組織暴力』に近いかな?そこに東映任侠路線のウエットな人情ドラマを盛り込んだ感じ?いや、よくは知らんので偉そうなことは言えんのですが。

昭和最後の年を舞台に、昭和の残りカスとも言えるヤクザの抗争と、一見すると彼らと変わらない昭和的悪徳刑事が、昭和感満載のノスタルジアのなかで意地と面子と保身と虚勢を張り合いながら、そこから何かを学び取ろうとする人情と継承とバランスの昭和懐かし映画。

夏・夏・ナツ・ナツ・ココ・夏とふたりの愛ランドで相方がシャブをキメてるのは目を見りゃわかるとガミさんは豪語されておりましたが、この映画で大事だったのはそんなASKAを殴りに行くことではなく、昭和を再現しながら昭和を超えることではなかったのか?

残念ながらこの『孤狼の血』からそれだけの熱量を感じることはできず、ドライとウエットの無難なバランスへと落ち着いた、それこそコンプライアンス映画そのものだったような気も。

松坂の目を通した役所

ヤクザ組織とのズブズブの関係を保ちながら、彼らのあいだを要領よく立ち回り、時には違法行為にも平然と手を染め、血と汗と精液でぬるぬるに滑る綱の上を渡り歩く大上という悪徳刑事の鑑。そんな彼とコンビを組むことになった国立大卒のエリート正義漢・日岡。

この映画の軸はふたりの関係性にあり、捜査のためなら放火も、窃盗も、拷問も、トルコ風呂もいとわない大上の、ヤクザ以上にヤクザ色に染まっているような狂気の言動を目の当たりにし、正義とは、倫理とは、平和とはなんなのかわからなくなってくる日岡の葛藤。

大上の行動は常軌を逸した外道そのものであるが、それによって得られる安定と平和もまた変わらぬ事実。自分のなかにあった正義のかたちをものの見事に崩され、正体不明、真意不明でありながらその行動によって確実な平和をもたらす存在にいだく嫌悪と尊敬と懐疑。

正体不明な怪しげな魅力と子供っぽいかわいらしさと狂気を覗かせる大上を演じた役所広司の演技は圧巻です。対して日岡を演じた松坂桃李の青い若造感も秀逸です。我々観客は彼の目を通して、この大上という刑事の悪辣さと魅力と不可解さを覗いているとも言えるでしょう。

松坂桃李の目を通して役所広司の嬉々とした鬼気迫る怪演を愛でる映画。役所のそんな姿を眺めていたかぎりでは良作の部類に入ると思うのですが、やはり問題は彼の姿を拝めなくなった後半、人情と継承によるカチコミと安定を図ったバランス取りにあると言えるでしょう。

見せない勇気が欲しかった

いや、最初から問題はあったか。ネタバレ、というか出てきた瞬間にそれとわかるのでアレですが、日岡は県警本部から大上のヤクザとの癒着、不正捜査を調べるように送り込まれたスパイだったのです。いやもう瞬間的にわかるので大上にも我々にもバレバレなのですけどね。

まあ要するにミイラ取りがミイラになるっちゅうよくある話なわけですわ。最初からそんな正体バレバレなこの映画、残念ながら想像以上のことは何も起こらない想定内映画なのです。それでも大上が出張っているあいだは彼の怪しげな魅力によって面白さは担保されていた。

そして必然的に起こる継承と主役交代。近年では『キングスマン』なんかが代表例ですが、この『孤狼の血』がベースとしたのはおそらく『L.A.大捜査線/狼たちの街』でしょう。しかし前例の意外性に比して本作のそれはあくまで既定路線で、正直衝撃度は薄いです。

さらには大上が画面から消えたとたん、急に皆が彼の行動原理を情感たっぷりに語り出すのはいかがなものか?正義なのか悪なのかわからない危険な香りが大上の魅力だったというのに、それを懇切丁寧に解説していく野暮ったさとウエットな昭和的人情言い訳泣き落とし。

ここが本作最大の問題でしょう。見せなくていいものを映し、語らなくてもいいことを語り、説明すべきでないことを説明してしまう親切心が本作最大のネック。そんなものは大上の言動を観た観客が想像すればいいものであり、それをあえて開陳するなんて陳腐の極みだ。

松坂桃李の覚醒

映像面において、ブタのクソ、指チョンパ、真珠の切り出し、生首とかを見せる悪趣味さは大歓迎なのですが、引く部分はあえて引くべき。そこで変な親切心を見せたことによってダメな日本映画へと片足を突っ込む羽目へと陥ったのは、本当にもったいないというか残念。

「東映ヤクザ映画の復活!」と謳っておきながらヤクザはあくまで脇役で、「顔で飯喰っとんじゃ!」言うわりにはたいした「顔」が揃っていないのもマイナス材料。ヤクザ側でいい顔と演技かましてたのは中村倫也ぐらいじゃろ?江口洋介と竹野内豊なんて目も当てられない。

あ、でもね、ヤクザ映画としてはコレジャナイし、大上退場後にいっきに映画としてダメになったと断罪しておりますが、松坂桃李の演技には満点あげてもいいと思います。ただの青二才正義漢として我々観客の目の役割を果たしていた彼が、大上から継承したものを見事に覚醒させた瞬間の狂気。

このターニングポイントの演出と彼の演技には素晴らしいものがありましたし、その後の覚悟と決意による変貌、そしてラストの笑顔には見事にしてやられました。今回の経験を通して彼が手にしたアイテムの使い方もニクいです。

だからこそ、無駄な説明やウエットな情感、言い訳正義感はいらなかったと思うのですよね。そんな余計なものを取っ払ってもっとドライに突き抜けていたら、ラストの日岡(松坂桃李)の笑顔にも、何やら爽やかな不気味さが加わって良かったと思うんだけどなぁ……。

個人的評価:4/10点

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