天才・鈴木清順、日活追放の原因となった問題作『殺しの烙印』。とりわけ社長の堀久作は、主人公が飯の炊けるにおいに異常な執着を見せる描写が気に入らなかったとのこと。常識人としてのあなたのお怒りはごっもともだが、俺ぁ飯の炊けるにおいが大好きなんだよぉ!
作品情報
『殺しの烙印』
- 1967年/日本/91分
- 監督:鈴木清順
- 脚本:具流八郎
- 撮影:永塚一栄
- 音楽:山本直純
- 出演:宍戸錠/小川万里子/真理アンヌ/南原宏治
解説
すべての殺し屋がランキング化された世界を舞台に、その頂点を虎視眈々と狙うナンバー3の花田五郎が、たった一度の失敗から組織に命を狙われる恐怖と戦いを描いた和製ノワール映画です。
監督は『東京流れ者』『けんかえれじい』の鈴木清順。公開時のキャッチフレーズは「色、欲、裏切り…むせかえる肌と硝煙が奏でる殺しのシンフォニー!!」。
主演は『拳銃無頼帖』シリーズの宍戸錠。共演にはテレビシリーズ『玉川区役所 OF THE DEAD』の小川万里子、『残酷おんな情死』の真理アンヌ、『修羅雪姫 怨み恋歌』の南原宏治など。
感想と評価/ネタバレ有
「意味わかんねっ!」と日活の社長から詰め寄られた鈴木清順が、電話一本で一方的に専属契約を打ち切られるきっかけとなった伝説的カルト映画『殺しの烙印』。「なんて理不尽な!」と思われるでしょうが、この映画を観ればわかります。「人の金で何しとんねん!」って話。
物語としてはいつもどおりいたって単純。ランキング化された殺し屋世界でしのぎを削る男たちの玉の取り合い。実はただこれだけの単純な物語を、ここまで複雑怪奇に描いてしまう清順美学の圧倒的破壊力!紛れもない傑作だけど人の金で好き放題に遊んじゃダメ!
米フェチ映画
「女を抱いてきたのか?」「あたりきよ」「湯たんぽを抱きな」というクール(?)なセリフ付きの主題歌『殺しのブルース』で幕を開ける本作。もうオープニングから大真面目にふざけすぎで、カッコつけてんのか笑かしにかかっているのか判別不能です。
しかしバッキバキに決まったシャープなモノクロ映像は問答無用にカッコよく、高級クラブのバーテンダーに真顔で「飯を炊けって言ってるんだ」と詰め寄る、宍戸錠のほっぺた顔面力をハードボイルドにとらえたカットには悶絶必死!ひたすらカッコつけて何言ってんの!?
「俺は飯の炊けるにおいが大好きなんだ」と、パロマのガス炊飯器にかぶりつく宍戸演じるナンバー3こと花田五郎。この時点でこの映画がただならぬ傑作であることが皆さんおわかりいただけることでしょう。飯の炊けるにおいに尋常ではない欲情を覚える殺し屋。
おそらく世界初と言っていい米フェチ映画なのですこれは。パロマのガス炊飯器を、米の炊けるにおいを、そのにおいにすり寄る殺し屋の欲情をひたすらセクシーに描いた、米セクシー映画なのですこれは!いまだかつて米をここまでエロティックに描いた映画があっただろうか!
小川万里子や真理アンヌのすっぽんぽんが頻発する成人指定映画なのですが、むしろこれらは虚無的であり、真に実存的エロティシズムを発散させているのは、ガス炊飯器であり、米であり、そのにおいをパンツいっちょでフンフンしている宍戸のほうなのです。
無理から講釈を垂れてみますと、死と隣り合わせの殺し屋家業で神経をすり減らしている男にとって、唯一の心のよりどころ、生の実感を得られるのが米の炊けるにおいだったということなのでしょう。食欲と性欲を複合させた存在。それがつまりパロマのガス炊飯器なのです!
「何言ってんだこいつ?」とお思いでしょう。同感です。ボクも思います。でもね、こんな好き勝手な映画、こっちだって好き勝手に解釈してやるぜ!って話なのです。死に取り憑かれた男が米の炊けるにおいにすがりつく、棺桶に片足突っ込んだあの世とこの世の境界映画。
殺しのランキングにこだわる姿も、虚無的な死から逃れるための逃避行動なのでしょう。しかしこの殺し屋ランキングという設定は厨二的でワクワクしますよね。「お前のランキングを言え、お前のランキングを言え」とひとりでブツクサ言ってる花田がかわいいのなんの♡
圧倒的ビジュアル世界
そんな死神に取り憑かれた、米の炊けるにおいと殺し屋ランキングにこだわる男、宍戸演じる花田が、たった一度の失敗によってランキングを転げ落ち、組織から命を狙われる中盤からの怒涛の展開は、清順美学が縦横無尽に炸裂する暗黒前衛爆笑難解痛快不快活劇なのです!
特に花田にとっての死神、真理アンヌ演じる美沙子との出会いによって、クールな殺し屋の顔が瓦解していく彼の七転八倒がまたかわいいのなんの♡そして真理アンヌのこの世のものとは思えない魔女的ビジュアルと、昆虫と鳥の死骸がアートに飾られた彼女のメルヘンなお部屋。
こんな素敵に気が滅入るお部屋で、「裸んなってくれぇ~」とか「飯を炊けっ!」と懇願哀願亭主関白を貫こうとする花田のやる気満々は、死への誘惑と必死にあらがうアンビバレンツの表れなのでしょう。アートでクールでシャープな構図とビジュアルも決まりすぎです。
ナンバー1は俺だ!
そんな死を介して愛し合うこととなったふたり。しかし組織を裏切った美沙子はこれまたアートな制裁を受け、復讐を誓う花田のもとにも謎に包まれたあのナンバー1がついにその姿を現す。ナンバー1とナンバー3の決死の対決はちょっとここでは書けない壮絶な素っ頓狂です。
とりわけナンバー1のナンバー1によるナンバー1らしい異次元殺法は、凡人には理解不能な天才にこそ、ナンバー1にこそなせる業。相手との間合いをいっきに詰め寄り、ずるりんべと懐に飛び込み、泰然自若の心理攻撃によって敵の精神を完膚なきまでに叩きのめす。
ああ~恐ろしい。なんと恐ろしいナンバー1殺法。しかし極限まで追い詰められた者はまさに窮鼠猫を噛む。マイナスへと振りきれた精神は時として一発逆転、突然プラスへと振りきれて、風船で「あははは」と遊び出すこともあるのです。その点をナンバー1は見誤った。
そんな彼らの雌雄が決するラストのあまりに深い闇の描写には、危うくこちらも呑み込まれそうになります。頂点を極めんと闇のなかを這いずり回る殺し屋たちの生と死の相克を、どうぞその目に焼きつけて、ともにこぶしを振り上げましょう。「ナンバー1は俺だー!」と。
貴様がナンバー1だと言うのなら、俺だってナンバー1になれるのさ。でも常識ある大人の振る舞いとして、必ず眠るときは目をつぶりましょう。そして小便はトイレで済ましましょう。見境なくそこらじゅうでちびっておっては、毎日のお洗濯が大変でありますから。
個人的評価:9/10点
DVD&Blu-ray
VOD・動画配信
『殺しの烙印』が観られる動画配信サービスは、プライム・ビデオ。おすすめは定額見放題のビデオマーケット(2018年12月現在。最新の配信状況は各公式サイトにてご確認ください)。
コメント
スパイクロッドさんの『殺しの烙印』評が聞けてうれしいです。チャゼル監督に感謝です(笑)。
すごく変な映画なのに面白いからすごいと思いました。いや変な映画だから面白いのかな?よくわかりませんが、面白かったです。ボキャ貧ですみません。
おっしゃられているように「ビジュアルが決まり」まくってるのが大きいのでしょうね。面白い理由がちょっとわかった気がしました。
ただ蓮實重彥先生も言ってましたが、宍戸錠のほっぺは…ちょっと苦手…
マーフィさん、コメントありがとうございます!
ボクも鈴木清順の映画を観ようと思ったきっかけ、デイミアン・チャゼル監督の『ラ・ラ・ランド』に感謝です!映画はあんまハマんなかったですけどね(笑)。この『殺しの烙印』は確かに凄く変な映画なのですけど、基本がしっかりしているからこそ変な描写が活きてくるというか、そんな非常に稀有な傑作なのだと思います。まあこれは蓮實先生の受け売りですけど(笑)。ボクはまだ変な鈴木清順しか観ておりませんので、これからはまともな鈴木清順にも挑戦してみようかと思っております。遅ればせながら、完全に鈴木清順にハマってしまいました(笑)。
鈴木清順のインタビューを見たんですが。
彼いわく日本の殺し屋の日常を描いてくれといわれたのでステーキの臭いを嗅いでも仕方ないから日本食と言うことでご飯にしたとかいってました。
意味なんてほとんどないそうです。パロマのガス炊飯器の宣伝を頼まれたと言う噂もあります
通りすがらない奴さん、コメントありがとうございます!
「それを言っちゃあおしまいよ」って話でもありますが、あんがい真相なんてそんなもんかもしれません。特に鈴木清順自身は純粋な娯楽映画を撮っているつもりだったので、アートな芸術映画を撮っているつもりなんてさらさらなかったのかもしれません。でもそこに何か意味を求めてしまうのが映画バカというものでして、ない知恵を絞ってなんやかんやと妄想を膨らましてひとり遊びをしてしまうのですよね。でもそれが楽しい。そうさせる映画が大好きです。真相はパロマのガス炊飯器の宣伝でもいいと思います。っていうかたぶんそうだろうなぁとは思います。めちゃくちゃあからさまですからね。でもそこに何かしらの意味を見いだして遊んじゃえる映画がボクは大好きです!俺は、俺は飯の炊ける匂いが大好きなんだ~!
当作は話の種になる映画ですね。
実際に見るより文章のうまいブログを読んで映像を想像するほうが楽しいタイプの映画かな。
それとコメディ演出の難しさがよくわかる映画でもあります。
狙いすぎると何が面白いのかわからなくなるんですよね。
僕は風船を部屋でポンポン上げるシーンでなぜか笑ってしまいました。
芸人が漫才でやる急に抜いたボケを入れる技になるのかな?
おーい生茶さん、コメントありがとうございます!
ハードなのかシュールなのかベタなのか前衛なのかいまだに判然としない奇妙キテレツな映画で、観るより語るほうが面白いというのは言い得て妙ですね。こういう答えのない謎映画を観て人は何を思い、何を書くのか?そういう映画を観たときは必ず他人の感想をむさぼるように読みますね。そうして出会ったブログはボクにとっての宝であり大いなる刺激でもあります。小銭目当ての糞映画レビューブログではとても得られない貴重な時間。できればボクのブログも他人にとってそういう存在であってほしいと思う今日この頃……。