半裸で屋敷を闊歩する絶世の美少年はいかにして独裁者へと成り果てたか?バラまかれたパズルのピース(暗喩)をかき集め、謎を解くのはあなたの仕事。解きたくなければそれもよし!
作品情報
『シークレット・オブ・モンスター』
The Childhood of a Leader
- 2015年/イギリス、フランス、ハンガリー/116分
- 監督:ブラッディ・コーベット
- 脚本:ブラッディ・コーベット/モナ・ファストボルド
- 撮影:ロウ・クロウリー
- 音楽:スコット・ウォーカー
- 出演:トム・スウィート/ベレニス・ベジョ/リーアム・カニンガム/ステイシー・マーティン/ロバート・パティンソン
参考 シークレット・オブ・モンスター – Wikipedia
予告編動画
解説
少女と見紛う美少年が、全裸に半裸で家庭教師の透け乳をガン見して独裁者へと変貌するというサスペンスドラマです。
監督はこれがデビュー作となる『ファニーゲーム U.S.A.』や『メランコリア』で俳優として活躍したブラッディ・コーベット。主役の美少年は新星トム・スウィート。共演にベレニス・ベジョ、リーアム・カニンガム、ステイシー・マーティン、ロバート・パティンソンなど。
音楽を担当するのは、ウォーカー・ブラザーズやソロで数々のヒットを飛ばしたスコット・ウォーカー。映画音楽を手がけるのは天才レオス・カラックスの『ポーラX』以来です。
あらすじ
第一次世界大戦末期の1918年。ヴェルサイユ条約締結のためにフランスへとやって来たアメリカ政府の国務次官補(リーアム・カニンガム)。同行する家族は信心深いドイツ人の妻(ベレニス・ベジョ)と、少女のように美しい息子(トム・スウィート)。
姉夫婦が以前に住んでいた郊外の屋敷で生活することになった3人。ヴェルサイユ条約締結のために忙しい夫は留守がちで、妻は息子を連れて毎日のように地元の教会へと通っていた。しかし息子はそこに馴染むことができず、ある日、事件が起こる。
これ以降もたびたび問題行動を起こし、周囲の大人たちを当惑させていく少年。何が彼をそうさせたのか?やがて少年の不可解な言動はエスカレートしていき、ある夜、ついに彼のうちに眠るモンスターが目を覚ますのだった……。
感想と評価/ネタバレ有
存在を知ってから日本公開を心待ちにしていた映画『シークレット・オブ・モンスター』。原題は『The Childhood of a Leader』で、「独裁者の幼少期」みたいな意味かな?いつもながらの邦題のダサさは置いといて、実に興味を惹かれる映画でありました。
「何が少年を独裁者へと変貌させたのか?」「戦慄の謎に迫る心理パズルミステリー」「『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミ絶賛!」などなど、煽り文句も文句なし。それでは無用な前置きはこれぐらいにして、さっそく感想のほうへと行ってみましょう。
不協和音
人類史上最初の世界大戦を終わらせるべく、フランスはパリへと集まった各国首脳と高官たち。ある意味では第二次世界大戦の布石ともなったと言える、ヴェルサイユ条約締結を背景とした独裁者誕生の物語は、もうのっけから不穏な空気が渦巻いております。
何が不穏だって、劇伴の不協和音が物凄すぎる!地の底から這い上がってくるような重低音に頭をガンガンやられてしまって、すでに耳鳴りが止まらない。この強烈な劇伴は『ボーダーライン』のヨハン・ヨハンソン以来の衝撃。これは何かとてつもないことが起こっているぞ!
この映画の音楽を担当したのは、1960年代半ばから1970年代後半にかけて数々のヒットを放った、ウォーカー・ブラザーズのスコット・ウォーカー。1999年の『ポーラX』以来となる映画音楽です。過去のヒット曲からは想像もつかない不協和音に本当に面喰らいます。
公式サイトでもこのオープニングテーマがループで流れ続けておりますので(PC版のみ)、どうぞこの恐ろしい不協和音を聴きながらこの感想を読んでいただけたら幸いです。思わずサントラも欲しくなっちゃいますよ!(残念ながら公式サイトは現在閉鎖)
心理パズルミステリー?
教会で行われる降誕劇の練習シーン。続々と階段を下りてくる子供たち。最後に降りて来たのは、背中に天使の羽を付けた美しい少年。彼こそがこの映画の主人公であり、のちに独裁者へと変貌していくプレスコット。天使のような美しさと怪しさを有した少年を覗き見る視線。
なぜこんな美しい少年が独裁者へと変貌したのか?彼に隠された謎とは?その驚愕の真実とは!?前述した煽り文句やダサい邦題から想像するのはいわゆるミステリー的な物語ですが、これはまったくもってのミスリードです。この映画、そういう話ではありません。
誤解を恐れずに要約してしまうと、 膨大な暗喩によってカモフラージュされた三文家族ドラマといったところでしょうか。いや、良くも悪くもね。驚愕の事実や意外な真相が隠されているわけではない、普遍的な家族の不協和音が生み出すゆがんだ人間の製造工程。
この家族にヴェルサイユ条約締結前後の世界情勢というものを投影させた面もありますが、歴史の専門家でもない無知なボクのような人間にとっては、もっとあたりまえの、どこにでもあるいびつな家族関係が独裁者を生み出す土壌をもっているという普遍性と飛躍。いや、良い意味でも悪い意味でもね。
暗喩に込められた意味
それでは結局のところ、何が少年を独裁者へと成長させたのか?その決定的な答えは明かされません。不穏な時代の空気。異国での慣れない生活。父の不在。母の干渉。両親のW不倫。透け乳。小さな友の喪失。祈りの放棄。実存、抑圧、欺瞞、孤独、etc.
何かひとつ決定打があるというわけではなく、複合的な要因にもとづくいびつな人間の製造工程。しかもたちが悪いことに、この映画はそれらの要因すらあまり明確には描かず、劇的なことは目に見えるかたちでは何も起こらない、ひたすら淡々とした三文家族ドラマなわけです。
要するに、ただぼけ~と観ているだけでは何が何やらわからない野心的だけどとにかく不親切な映画というわけ。この余白の多さ、想像する余地の広さは『マジカル・ガール』と通じるものがありますが、その余白へと注視させられる吸引力には大きな違いがあります。
この『シークレット・オブ・モンスター』という映画は、頭を回転させずただぼけっと観ているだけでは単なるありきたりな家族ドラマでしかないということなのです。かくいうボクもそういうふうにしか見えなかった。積極的にこちらから動かなければ理解できない映画。
なんとも評価の難しい映画だ。淡々とした三文家族ドラマの裏側に秘匿された、時代や、宗教や、抑圧、エゴが生み出すいびつな独裁者の虚像。おそらくは膨大な数の暗喩が込められていると思うのですけど、それらをいちいち注視して拾っていくのが面倒臭くなっちゃう。
頭が悪いうえに面倒臭がりのボクは、目に見える三文家族ドラマの淡々さにたびたび眠気をもよおし、うつらうつらしたところをスコット・ウォーカーによる過剰にサスペンスフルな劇伴によって叩き起こされるという始末。そのための不協和音だったのか?なんて思ったりして。
解けないパズル
おそらくは自然光のみによって撮られた美しくも不気味な映像。闇の強調。人物の背中。階段での運動。巧妙に配置、ぼかされた暗喩の数々。エロティシズム。スコット・ウォーカーによるあまりに不穏な狂気の劇伴。そしてのちに独裁者となる美少年の危ない魅力。
確かに監督デビュー作としてはかなり野心的な意欲作だとは思いますが、一歩間違えば単なるこけおどしにしか見えないというのもまた事実。いわゆるシネフィルと呼ばれる方々には好意的に迎え入れられるでしょうが、我々のようなポンコツにはちと高尚すぎるかも。
ちなみにこれはあくまでフィクションであるが、主人公プレスコットの癇癪エピソードは歴代の独裁者たちの実話をコラージュしたようなもの。ゆえにノンフィクション的な側面も有しておるのですが、これによってフィクションとしての跳躍力に欠けるのも事実。
フィクションであるのならばもうちょっと劇的な何かを用意してくれたほうがよかったような気もするし、リアリズムを追及するのであれば、それこそ誰か特定の独裁者の幼少期に絞ったほうがまた違った印象の映画になったことでしょう。つまりは残念で惜しい映画。
もしかしたら観るたびに新たな発見、印象の変わるスルメ映画のたぐいかもしれませんが、ボク自身ちゃんと理解はしていないのであまり他人におすすめすることはできません。まあちゃんと理解する必要はない、バラまかれたパズルのピースの不穏さにおののくだけでもよい映画かもしれませんけどね……。
私生児プレスコット
最後にひとつ、個人的に思った核心につながるかもしれないネタバレを記述いたしますので、すでに鑑賞済みの方か「ネタバレなんざぁ気にしねえ!」という方だけ先にお進みください。まあたいしたことじゃないかもしれませんし、バカの勘違いかもしれないんですけどね。
フランス最後の夜に決定的な癇癪を起こし、象徴的な踊り場で昏倒した主人公プレスコットは、いっきに時代を飛び越えて、すでに独裁者として君臨している描写で映画は唐突に幕切れします。成長した独裁者プレスコットを演じるのはなぜかロバート・パティンソン。
彼は父の友人の文筆家であり、おそらくは母の不倫相手でもあるチャールズを演じていた俳優です。その彼がラストの独裁者プレスコット役を演じる。ここから導き出されるごく自然な答えは、プレスコットの本当の父親は母の不倫相手であるチャールズだったということ。
ゆえに最終章が「私生児プレスコット」だったというわけ。しかしこの答えは、はっきり言ってしまうとまったくもって面白味がない。まあ単純なボクには思いもよらない、さらなる深遠なパズルのピースがここにも隠されておるのかもしれませんけどね……。
個人的評価:6/10点
DVD&Blu-ray
VOD・動画配信
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追記/スコット・ウォーカー
ボクは彼の一部のヒット曲しか知りませんでしたので、「過去のヒット曲からは想像もつかない不協和音」と書いたのですけど、最近の活動を調べてみて歓喜いたしました!あからさまに『シークレット・オブ・モンスター』しててもう気持ち悪くて気持ち良すぎ!
特にお気に入りの2曲の動画をここに貼りつけておきますので、この映画の音楽に脳天ガツンとやられてしまった人はぜひ見て聴いてみてください!
1曲目は2012年に発表された『Bish Bosch』から『Epizootics!』。
そして2曲目は2014年発表の『Soused』から『Brando (Dwellers on the bluff)』。
これは『シークレット・オブ・モンスター』のサントラだけではなく、スコット・ウォーカーのアルバム自体も買いですぞ!すでにボクは注文してしまった!
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