15時17分、アムステルダム発パリ行き運命の高速列車タリス。鳴り響く銃声。逃げ惑う乗客。無差別テロ。3人の若者はなぜこの恐怖へと立ち向かえたのか?その謎を紐解くボンクラゆるゆる旅行記に忖度せよ!
作品情報
『15時17分、パリ行き』
- 原題:The 15:17 to Paris
- 製作:2018年/アメリカ/94分
- 監督:クリント・イーストウッド
- 原作:アンソニー・サドラー/アレク・スカラトス/スペンサー・ストーン/ジェフリー・E・スターン
- 脚本:ドロシー・ブリスカル
- 撮影:トム・スターン
- 音楽:クリスチャン・ジェイコブ
- 出演:スペンサー・ストーン/アレク・スカラトス/アンソニー・サドラー
予告編動画
解説
2015年のフランス高速鉄道内で起きたテロリストによる銃乱射事件で、最悪の事態を回避すべく犯人へと立ち向かった3人のアメリカ人青年の勇気を描いた実録サスペンスドラマです。
監督は『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』の御大クリント・イーストウッド。2015年8月21日に起きたタリス銃乱射事件を、事件の当事者たちによって再現したという前代未聞の実話映画化作品。ですので出演俳優たちはほぼ素人、ゆえに賛否両論。
感想と評価/ネタバレ有
2010年の『ヒア アフター』以降続いている、イーストウッドの実話映画化ものの到達点ともいえる『15時17分、パリ行き』。何が到達点ってこの映画、主役3人をはじめとして犯人以外の事件当事者たちが本人役でキャスティングされているという前代未聞の映画なわけです。
まあ前代未聞すぎてアメリカでは賛否両論、っていうか否の意見のほうが渦巻いておるわけですが、わりかしここ日本では好意的に受け入れられており、かくいうボクも変な映画、気持ち悪い映画とは思ったものの、その変で気持ち悪いところを十分に楽しんだ次第。
データへの反逆
高速鉄道内で無差別銃乱射事件を起こそうとした犯人に立ち向かった3人のアメリカ人青年。スペンサー・ストーン、アレク・スカラトス、アンソニー・サドラーの幼少期から事件当日までを丁寧に追った本作は、少年、軍隊、旅行、事件の4つのパートから構成されています。
ちゃんとした子役を起用した少年パートはイーストウッド版ジュブナイルとも呼べる瑞々しさで、本作で唯一普通の映画として安心して観ていられるパートでしょう。若くして世間から落伍者の烙印を押されてしまった少年たちの受難と出会い、友情、そして普通さ。
安易なADD(注意欠陥障害)認定、シングルマザーへの偏見、統計として君臨する神たちへの反逆も、イーストウッドらしいデータによって人間の価値が決められる現代への強烈なアンチテーゼであり、しかもこれらがすべて運命の瞬間へとつながる無駄のなさはさすがです。
失敗と偶然と運命
運命として出会った3人のボンクラ少年が、運命によって散り散りになっていく現実を、ことさら過剰に描かないあっさりさっぱり風味は、運命を自明のものとするイーストウッドの達観が見て取れるようで、それはこの映画全体を静かに貫いていると言えるでしょう。
離れても友情は続いていた3人。成長した彼らの進路分岐点で物語の主眼はスペンサーへと寄ってゆき、篤い信仰心と人を救いたという夢とミリオタ精神が融合した彼の失敗と偶然と運命の集積へと映画は注視していきます。そしてとうとう本人たちの登場であります。
ここからこの映画はどんどん変な、気持ち悪い何かへと変貌を遂げてゆきます。英語話者ではない我々の目から見てもけっして演技が達者とは言えない本人たち。その中心を担うスペンサーの目力に欠けるデクノボウ感はこれまで観たことのない映画的体験と言えるでしょう。
そんなデクノボウがパラレスキュー隊を夢見ながらひたすら挫折し、それでも何かに向けて全力疾走している失敗の集積所。しかしここでの挫折と失敗の集積がのちの奇跡へとつながるという皮肉な偶然と運命。彼のなかば死んだような目はそれゆえの必然なのかもしれません。
無駄の集積が生む有益
パラレスキュー隊の夢破れ、「大人の託児所」と呼ばれる場所で防衛手段と救命処置を学ぶスペンサー。州兵としてアフガニスタンに派遣されながらも退屈な毎日を過ごすアレク。大学生のアンソニー。彼ら3人が久々に顔をそろえた楽しいヨーロッパ旅行。
ここからこの映画はよりいっそう気持ち悪さの度合いを増してゆきます。典型的なボンクラアメリカ人青年たちのインスタ自撮りゆるゆる異文化探訪記録映像のぬるま湯的な衝撃のかけらもない衝撃。しかもこれがそうとう長いうえにとんでもないぶつ切り編集。
ナンパしたアジア系の美女は知らぬ間に消えており、途中合流したアレクとの再会シーンも見事にすっ飛ばす始末。そんな断片的ゆるゆる旅行記のなかで徹底して描かれる普通の若者像。全部いらないような気もするが実は全部必要だったという普通の集積としての運命、奇跡。
無駄を嫌うイーストウッドが徹底して無駄を排除した結果、一見すると無駄としか思えない普通の若者の普通な旅行映像が大きな意味をもってくるという、無駄の集合が有益を演出するという奇跡の瞬間。無駄は無駄ではなく、その積み重ねこそが人生の決定的瞬間へと結びつく。
普通の映画として観るならNGフィルムのつぎはぎとしか思えない変で気持ち悪い映像群。そこに秘められた普通への賛美とも言える意味性は度外視しても、ボクはこの気持ち悪い違和感満点のゆるゆる旅行記が何より好きで、ほかのパートこそが退屈だったと言えるかも。
神の声
テロを未然に防いだ3人の若者たちの勇気ある行動と奇跡。この結果から逆算したような本作の構成は、最後に事実をありのままに再現したような泥臭い、これまたあっさりさっぱりした運命の瞬間を描写して終幕します。まあ本人たちが再現してるんだからあたりまえだけど。
スペンサー、アレク、アンソニーたち3人の若者の、偶然と失敗と挫折の集積による普通の半生が、まるですべて必然としての運命であったかのようにWi-Fiがつながる一等車両へと導かれ、銃声がとどろき、男が現れ、静かな号令が響き、銃がジャミングするという奇跡。
このとき発せられた「スペンサー行け!」という号令は、おそらく隣にいたアレクのものだとは思うのですが、何かスペンサーの頭のなかで響いたような、それはいわゆる神の声とも思える厳かさで、統計としての神を否定したイーストウッド流の神観なのでしょう。
神への忖度
ボンクラが起こした奇跡。それを単なる偶然ではなく必然として、人生における失敗と無駄の集積が背中を押した、普通の人々が普通に生きる過程で生まれた行動の美しさ、無駄なく無駄だらけだからこそ有益な人生を称賛した、ヘンテコ実験映画『15時17分、パリ行き』。
それではこの映画は失敗だったのか成功だったのか?面白かったかと問われたらう~ん面白いとは言えない。駄作なのかと問われたら断じてそんなことはない。気持ち悪いかと問われたら「うん!気持ち悪い♡」と答えてしまう妙な塩梅で、つまりはなんかもうよくわからん。
テーマやメッセージはイーストウッドにしては明確で、それを描くために犯人側の多様性を切り捨てたのも理解できるのですが、このぶっこみまくりの手法は攻めに攻めすぎで、これが本当に凄いのか面白いのか意義があるのかボクには正直よくわかりません。
ただまあここまでくると「俺が映画だ!」と言われても納得してしまう我が道を行くで、イーストウッドの存在、思考、行動そのものがすでに映画たり得ている奇跡なのかもしれません。それはつまり神への忖度とも言えるのですが、忖度しちゃう威光がやっぱあるんだよなぁ。
個人的評価:6/10点
コメント
更新お疲れ様です
ここ最近は割とウェルメイドな作品が多かったイーストウッド監督作で、とんでもなく奇妙なバランスの映画が来てしまいましたねw
演技の素人である事件の当事者達のキャスティング、ジュブナイルものからいきなりボンクラ男子の欧州旅行記に飛ぶ構成
でも、最後に奇跡を成し遂げた彼らの姿には、大いに感動させられました
やはり、このバランスでなければ(それこそハドソン川のようにスターをキャスティングしていたりしたら)この実在感を持った感動は無かったのではないかと思います
しかし、八十代後半になりながらなお新しい挑戦をやめないこの爺さん、本当に末恐ろしいですw
追記:先程聖なる鹿殺しの感想を投稿しましたが、名前の入力を忘れていました
失礼いたしました
starさん、コメントありがとうございます!
80歳を超えても新しい挑戦、創作意欲が衰えない御大の伝説にはただただ圧倒されるばかりです。この映画の奇妙な感覚を正当に評価する準備がまだこちらに整っていない感じで、なんと表現してよいのかいまだに頭を悩ませておるのですが、それだけ御大が我々の先を見、進んでいる証明なのかもしれませんね。次はいったいどんな試みで新たな映画を撮るのか?ますます目が離せない生ける伝説クリント・イーストウッド。そういや次回作は『スタア誕生』のリメイクだとかなんとか。とことんジャンルを横断しておりますなぁ。
こんばんは。
正月の暇にあかせて今さらながら観賞しました。
最近はどうも映画を観たらここにレビューがないか見に来るのが半ば習慣化しております。
うざかったらすみません。
う~ん、自分のような凡人にはついていけない!
あのユルユル欧州旅行は自分には耐えがたかったです。狙いはわかるというか、わかっているつもりだったんですが、それにしても…いくらなんでも…と思ってしまいました…。
強いていえば『サンライズ』が似てたかなあ?でもあっちは飽きなかったんだよなあ。とか、自分が楽しめなかったいいわけを勝手に探し出してしまうところが映画の神の威光を前にした己の小ささなのでしょうね…。
マーフィさん、こちらにもコメントありがとうございます!
ボクも正直ついていけてませんよ(笑)。っていうかいまだにこの映画がなんなのかよくわからない。ちょっとボクら凡人には遠すぎる先を先を行きすぎてる感じで、何をどう評価したり批判したりしてよいのやら皆目わかりません。でもなんか心に引っかかる。気持ち悪い気持ちよさとでも言いましょうか。そういう意味ではあのユルユル欧州旅行こそが本作の白眉なのですよね。どう凄いのかはいまだに言語化できませんけど(笑)。