他者を切り捨て孤独に生きてきた老医師がたどる記憶の旅路。追想と後悔、他者とのふれあいのなかで彼に起きた化学変化とは?できれば鍵は開けておいてください。
作品情報
『野いちご』
Smultronstället/Wild Strawberries
- 1957年/スウェーデン/91分
- 監督・脚本:イングマール・ベルイマン
- 撮影:グンナール・フィッシェル
- 音楽:エリック・ノードグレン
- 出演:ヴィクトル・シェストレム/ビビ・アンデショーン/イングリッド・チューリン/グンナール・ビョルンストランド
予告編動画
解説
長年の功績を称えられ名誉博士号を授与されることになった老医師が、式典へと向かう道中で人生の意味を見つめ直す時間を描き出したヒューマンドラマです。第8回ベルリン国際映画祭の金獅子賞受賞作。
監督は『第七の封印』『仮面/ペルソナ』のイングマール・ベルイマン。主演は「スウェーデン映画の父」と称される映画監督のヴィクトル・シェストレム。本作の演技でベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞とナショナル・ボード・オブ・レビュー賞主演男優賞を受賞。
共演にはベルイマン映画の常連である、ビビ・アンデショーン、イングリッド・チューリン、グンナール・ビョルンストラン、マックス・フォン・シドーなど。
感想と評価/ネタバレ有
『処女の泉』に続いて連続ベルイマン更新。今回身の程知らずにも感想を書かせていただくのは、未見であったベルイマンの代表作『野いちご』。またまた形而上学的な虚空と問答するような内容だといよいよ脳がスクリームするなと思っていたら、凄くわかりやすくて一安心。
ボクがこれまで観てきたベルイマンの映画で最もわかりやすく、かつ普通に面白く、さらに心に染み入る良作でありましたな。若い頃に観ていたらさっぱりだったかもしれませんが、人生の半分を消化したおっさんにはなんとも身につまされる追想への旅路でありました。
老人が見る夢の先
長年の功績から名誉博士号を授与されることとなった老医師イサク。授賞式当日の朝、不吉な夢で目を覚ましたイサクは、急遽ストックホルムからルンドまでの道のりを車で向かうことを思い立つ。そんな彼に、同邸滞在中だった息子の妻マリアンヌも同行を願い出る。
およそ半日程度の小旅行。その過程で生家へと立ち寄ったり、懐かしい顔との再会、思いがけない旅の同行者との出会いを通して、イサクはなかば忘れかけていた過去の記憶をさまよい出し、それは厭世的だった彼の人生にかすかな変化をもたらすのだった……。
老人の奇妙なロードムービーと言えば思い出すのはデヴィッド・リンチの『ストレイト・ストーリー』。同作がリンチのフィルモグラフィにおいては逆に異質な普通の語り口だったのに対して、この『野いちご』の現実と夢をさまよい歩く旅路はどこかリンチ的であります。
「人付き合いとはその場にいない人物の悪口を言うこと。私はそれが嫌いで友人をもたなかった」というイサクの独白からすでに厭世的なこの映画。そんな彼が見る冒頭の悪夢はシュールレアリズム好きにはたまらん異界描写で、つまりはいきなりリンチ的な幕開け。
針のない時計。ズームのタイミングとカット。引きによるドリーのゆるやかな往復。顔のつぶれた男とその蒸発。棺桶を引く無人の馬車。金属音と警告音。そして対面する棺桶のなかのもうひとりの自分。シャープな白黒映像と完璧な構図によって彩られた背筋も凍る悪夢。
すでに死の予感と傑作の予感が充満している秀逸なオープニングです。これ以降も、旅の途中で何度もイサクが夢見る過去への思慕と傷痕。これらはまるで走馬灯のようであり、やはりこの作品は老人の死への旅立ちを描いているのではなかろうかと重たい気持ちになりました。
他者と自分と自己変革
しかしご心配なく。この作品はひとりの人間が死へと接近する過程で自己を省み、人生の意味を問い直してわずかな(ここが大事)成長を遂げる姿を描いた心温まる作品であり、確かに恐怖や痛み、辛辣さと難解さもありますが、根本的には普遍的な人生賛歌なのであります。
ストックホルムからルンドへと向かう道中、義理の娘であるマリアンヌから告げられる辛辣な自分への評価と、夫である息子エヴァルドとの破綻しかけた関係。そして久々に対面した母親との会話のなかで浮かび上がる、生と死が逆転したかのような厭世的血のつながり。
そして旅の途中で出会った、自らの人生を振り返らせるような、若者たちの三角関係と罵り合う夫婦関係。彼ら3人の若者と夫婦との出会いによってイサクの記憶回路は刺激され、夢のなかで過去の情景へと侵入し、その傷と痛み、過ちと後悔の歴史を突きつけられるのです。
冒頭で述べたように、イサクは意識的に他者との煩わしい関係を切り捨て、自らの世界に生きることを決めた厭世的人物です。しかしそれで自分の人生ははたして豊かになったのか?確かに富と名声は手に入れたが、それによって失ったもののほうがはるかに大きいのではないか?
死の予感が漂う悪夢をきっかけに、必然的にこれまでの生の総決算を迫られるイサクの過去を見つめ直す旅路は、夢のなかで昔の恋人サラ(弟に寝取られた!)が迫ってくる鏡を見る行為と同義です。それは冒頭の悪夢ともつながり、イサクを小さな自己変革へと導きます。
この旅路のなかでよみがえった記憶、出会った人々、楽しい時間、つらい過去、想いを語り合う相手、手を差し伸べてあげなければならない大事な存在、それらに気づいたイサクは小さな成長を、本当に小さな成長を見せるのが本作の肝であり、素晴らしいところだと思います。
小さなことからコツコツと
ルンドへと到着し、式典へと出席したイサク。その夜、息子エヴァルドと交わした親子の、本当の親子の会話。マリアンヌへと告げたやさしい告白。それに対するマリアンヌの返答。窓の外では旅をともにした3人のあの若者たちが彼を祝福して歌ってくれている。
そして彼のそばに長年仕えてきたメイドのアグダ。冒頭から口喧嘩ばかりだったこのふたり。わずかな自己変革を行ったイサクはアグダにやさしい言葉をかけますが、いつもどおり彼女は冷たい態度。もう付き合い長いんだからそろそろ名前で呼んでくれてもいいじゃんかぁ。
「おやすみなさい。御用がおありでしたらいつでもお越しください。鍵はかけずにおきますから」。他者とのかかわりによってわずかな内部変革を行ったイサクによってもたらされた、小さな、本当に小さな外部の変化。この小ささがこの映画の素晴らしいところなんだよなぁ。
個人的評価:7/10点
コメント
こんばんは
ベルイマン作品なのにわかる、共感できる!という驚異の作品。これ、本当にベルイマン?
年齢を重ねて観る度毎に味わい深くなる作品に感じました。
ハリーさん、コメントありがとうございます!
とかく難解な作品が多いベルイマンのなかでは、わかりやすいうえに普通に面白い!心にしみる!というある意味異常な作品でしたね。個人的には『第七の封印』のようなとことん頭を悩ませる作品のほうが好みですが、これはこれで悪くない。もっと年とったらさらに身にしみるでしょうね。