『女王陛下のお気に入り』感想とイラスト 籠の中のウサギ

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映画『女王陛下のお気に入り』エマ・ストーンのイラスト(似顔絵)

18世紀のイングランド。外の糞尿を凌駕するほどの悪臭を放つ、絢爛豪華な宮廷内部に充満する腐ったウサギちゃんたち。そんな女王ウサギのお気に入りをめぐる醜いメスウサギどもの争いは、一生出られない金網電流デスマッチ。

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作品情報

女王陛下のお気に入り

  • 原題:The Favourite
  • 製作:2018年/アイルランド、アメリカ、イギリス/120分/PG12
  • 監督:ヨルゴス・ランティモス
  • 脚本:デボラ・デイヴィス/トニー・マクナマラ
  • 撮影:ロビー・ライアン
  • 出演:オリヴィア・コールマン/エマ・ストーン/レイチェル・ワイズ/ニコラス・ホルト

参考 女王陛下のお気に入り – Wikipedia

予告編動画

解説

フランスとの戦争状態が続く18世紀初頭のイングランドを舞台に、女王アンの寵愛を得ようと対立するふたりの女官、サラとアビゲイルによる権謀術数の泥沼宮廷権力闘争を描いたシニカルな歴史ドラマです。ヴェネツィア国際映画祭の審査員大賞&女優賞受賞作。

監督は人間の本性を動物的にあぶり出す当代きっての性格悪い監督、『籠の中の乙女』『ロブスター』『聖なる鹿殺し』のヨルゴス・ランティモス。そんな性格の悪さに人々は惹かれるのか、とうとう第91回アカデミー賞において10部門ノミネートの快挙!

主演のアン女王役は『思秋期』のオリヴィア・コールマンで、見事にヴェネツィア国際映画祭で女優賞を獲得。共演には『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーン、『否定と肯定』のレイチェル・ワイズ、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のニコラス・ホルトなど。

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感想と評価/ネタバレ有

特殊な環境下に置かれた人間のグロテスクかつユーモラスな右往左往によって、できれば見たくはない我々人間の人間らしさというものを、独特の切り口で頼んでもいないのに提供し続けてくるギリシャが生んだ稀代の性格悪い監督ヨルゴス・ランティモス。

そんな変態の新作『女王陛下のお気に入り』はついにアカデミー賞まで席巻し、作品賞を含む最多の10部門ノミネートだというからこりゃ世も末じゃわ。ランティモスの映画をありがたがるような奴らは彼と同じ変態の群れ。この世は変態の巣窟。狂った時代の到来。

やったー!ついに、ついに俺たちの時代がやって来たのだ!

魂売ったかランティモス?

18世紀初頭のイングランド。北米植民地をめぐるフランスとの長期にわたる戦争は国を疲弊させていたが、女王アンは政治に関心がなく、宮廷内の実権は女王の幼馴染である女官のサラが握っていた。彼女は戦争推進派であり、戦費の調達のために領地をさらに締め上げる。

しかし、職を求めて宮廷へとやって来たサラの従妹、アビゲイルが女王の側近として信頼を勝ち得ていくに従って状況は一変する。女王の寵愛をめぐって繰り広げられるふたりの女の宮廷権力闘争は、戦争そっちのけの熾烈さを極めていくのだった……ってのが簡単なあらすじ。

外の世界と完全に隔絶された家(『籠の中の乙女』)、結婚できない人間は動物に変えられるディストピア(『ロブスター』)、謎のルールによって奇病に侵されていく家族(『聖なる鹿殺し』)と、常にある法則によって箱庭化されたトリッキーな閉鎖空間を舞台としてきたヨルゴス・ランティモス。

しかし本作『女王陛下のお気に入り』は「英国版大奥」と評されているとおり、プロットとしてはベッタベタの宮廷権力闘争劇である。このわかりやすさはランティモスが自分で脚本を書いていないからで、ゆえに間口が広がり、広く浅い評価を得ているのかもしれません。

しかし彼の取っつきにくいトリッキーな世界観を愛していた変態としては、少々裏切られた気がしないでもない。それではより一般的な評価を求めて魂を売った映画なのかといったらもちろんそんなことはなく、そうそう人間の性格の悪さと変態性が改善されるなんてことはありゃしません。

やっぱり変態ランティモス?

フランスとの戦争状態が続いていたイングランド。そんな現実も「え?まだやってたの?」と遠い国のおとぎ話のように興味がない、無知で我儘でそのくせ人一倍の孤独感と自己愛によってブクブクに肥大化した女王アン。そんな彼女の「お気に入り」をめぐる女の闘い。

女王の幼馴染という利点を最大に活かしながら、剛と柔を織り交ぜたツンデレ殺法によって宮廷内の実権を掌握する実力派のサラと、没落貴族という屈辱からの脱却にはアソコも舐める覚悟が潔い天性の人たらしともいえるアビゲイルによる、チョーアイをチョーダイ椅子取りサバイバル。

そんな自分を奪い合った両者の緊張状態をある種の愉悦として焚きつけるアンのゆがんだ自己愛。自己肯定感が極端に低いがゆえに、たとえ偽りであれ他者の評価を切実に欲する彼女によってガソリンが注がれたこのバトルは、人の生皮を剥いで見せしめにするランティモスのゲスな真骨頂。

変態の皆さまご安心ください、ランティモスの笑うに笑えない(と言いつつしっかり笑っている)性格の悪さはちゃんと健在でありますから。国家の大事そっちのけで個人的な成功、情欲、保身になりふり構わず突っ走る3人の女の醜く滑稽で残忍な、実に人間らしい人間さ。

しかし、前述しましたとおり王宮を舞台とした女どもの権力闘争という構図はいささかベタで、いつもほどの切れ味はございません。動物の使い方、機械的な性描写、キテレツダンスなど、これまでの自分の芸風をリフレインしているようなネタも散見され、あまり新味もございません。

そういう意味ではこれまでのファンも意識しながら、より親しみやすい題材によって新規開拓を狙った魂売った映画と言えなくもないのですが、そこはとりあえず据え置いて、違うベクトルへと変態性を炸裂させてみた新たなる挑戦とも言えなくもないのですよね。

変態を極めた映像美

ランティモスが物語としての、ドラマとしての、人間としての変態性を据え置いてまで挑んだ新たな変態としての領域。それは本作を観た方なら一目瞭然、わけがわからない変態的なまでの映像美にあるかと思われます。

豪華絢爛でありながらその内部では臭うほどの汚濁にあふれた宮廷闘争劇をいびつに切り取った、映画というジャンルではおよそ見たことがない広角レンズと魚眼レンズの多用。「宮廷内部の、人間のゆがみを見事に表現した!」なんて言うつもりは毛頭ありません。

極端なまでに強調されたパースとゆがみになんの意味があるのか?確かに意味はあるだろうし、それを紐解くのがこういう映画の醍醐味だとは思いますが、なんか途中からそういう野暮なことはどうでもよくなって、ひたすらこの変態的な映像美に耽溺しておりました。

それは仰視にこだわった構図、自然光による撮影、それによって真っ黒くつぶれた人物、松明だけに照らし出された突き落とし、ほぼノーメイクな女優陣と厚化粧にも程がある羊のような男優陣、オーバーラップなどにも言えることで、その意味性うんぬんよりもただただ変態的な映像美に酔いしれたのです。

地味に最強だったのはスローモーションですかね。「そこ?そこなの!?」って感じです。本来スローモーションというのは「ここぞ!」ってときに繰り出すもんだと思うのですが、「何故そこなの?」って塩梅で、アヒルの行進と小汚い全裸男の股間に目が釘づけなの。

高貴だと思われているお方たちの醜悪さ、滑稽さ、下賤さという意味ではまさに「ここぞ!」なのかもしれませんが、そういう意味性以上にここでスローをぶちかましてくるランティモスの意味不明な変態美学に痺れるのです。彼はまた新たな変態への道を開拓したのです!

籠の中のウサギたち

ランティモスにしてはベタとも言える設定、物語のなかで、これまでどおりの変態描写をリフレインしながら、映像面においてはこれまでになかった変態的領域へと足を踏み入れた、傑作ではないけどさらなる進化、変化を感じさせる過渡期的作品とでも言えるのかな?

他人の脚本による雇われ監督という制約のなかで、いかに自分色に染め上げるか?という苦心の結果なのかとも思いますが、いかんせん物語としての飛躍に欠けるのが難点。ランティモスが監督していなければただの「英国版大奥」として終わっていたことでしょう。

しかし終わらなかった。わかりやすい大奥バトルの果てに映し出される謎めいた不穏さ満点の幕切れ。自分は勝者だと驕り高ぶったアビゲイルの鼻っ柱を容赦なくへし折り、冷酷に服従を強制する女王アン。そんなふたりの死んだような顔がオーバーラップし、そこに無数のウサギが重なってやがて画面を覆い尽くす終局。

これぞ観客を不快に突き放してけむに巻くランティモスの真骨頂。この気持ち悪い映像にいったいなんの意味があるのか?宿敵サラをついに宮廷から追い払い、勝者の余裕、たわむれ、そして本性として、女王アンが我が子のようにかわいがるウサギを踏みつけるアビゲイル。

このウサギたちは、流産、死産、夭折したアンの17人の子供たちの身代わり。つまりは「女王の寵愛」の象徴。そんなウサギさんたちを上から踏みつけたアビゲイルをさらに上から踏みつける女王アンの冷たい視線。「何いい気になってんの?お前もただのウサギだろ」。

熾烈な権力闘争を勝ち抜いても得られるのは「籠の中のウサギ」というお気に入りの称号のみ。サラは18番目で、アビゲイルは19番目のウサギ。哀れな女王の慰み物。一生逃れられない宮廷の中で不自由を強いられる籠の中の囚われ人。そしてそれはアンとて同じ。

なんの能力も持ち合わせていないのに、ただ王家に生まれついたがばかりにその座に縛りつけられた20番目のウサギ。そして画面は無数のウサギに埋め尽くされる。籠の中から一生出られないウサギたちに。多産で知られるウサギたちはあの頃も、今も、これからも繁殖し続けるのだろう……。

そう考えると、敗者として宮廷を追われたサラこそが実は勝者なのかも。最後まで凛とした姿で故郷を去るサラ。しかし彼女は晴れて不自由から解放され、籠の中から飛び出して自由に大空を舞うハトになった。ゆえにラストがエルトン・ジョンの『Skyline Pigeon』なのだ。

お気に入りは大変だ

そうとうな誇張や省略が行われているものの、基本的な流れはあくまで史実に則った『女王陛下のお気に入り』。映画では描かれなかった彼女たちのその後の人生を覗き見ても、やはりサラのひとり勝ちと言えるだろう(なんたって直系の子孫に英国首相ウィンストン・チャーチルと元王太子妃ダイアナがいるもんね!)。

とまあそんな謎めいた不穏さ満点のラストで観客をもやもやさせて終幕する『女王陛下のお気に入り』。しかし、こうやって「たぶんこういうことなんでしょうね」と考察、解釈可能なのもまた事実であり、それが本作の限界だと感じてしまうのはボクだけではないはず。

本来わかりやすい、「理解できる!俺にも理解できるぞ!」というのは歓迎すべきことのはずなのに、それがこんなにもマイナスに働く監督というのは珍しいかも。つまりは「こういうことなんでしょ」となんとなく理解できたことにある種の失望を感じてしまうのだ。

我々変態がランティモスに求めているのは、もっと徹底的なまでの不親切さ、嫌がらせ、放置プレイであり、映像面のみならずそういう部分での変態的飛躍を見せてほしかったのが正直なところ。まあそれだけ期待が大きいことの裏返しでもあるのですけどね。なんせボクの大のお気に入り監督なんですから。

しっかしいつの世でもお気に入りって厄介よねぇ。キモい変態に好かれようもんなら、普通に面白い映画撮っただけで「魂売った!」って罵られるんだから。ホントお気に入りって災難♡

個人的評価:7/10点

DVD&Blu-ray

VOD・動画配信

ヨルゴス・ランティモスの過去作、『籠の中の乙女』『ロブスター』『聖なる鹿殺し』が定額見放題(『聖なる鹿殺し』のみレンタル)なおすすめ動画配信サービスはU-NEXT(2019年3月現在。最新の配信状況はU-NEXTのサイトにてご確認ください)。

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コメント

  1. こんばんは。
    ブログいつも読ませてもらっていますが、リニューアルされてから初めてコメントさせていただきます。
    スパイクロッドさんの批評を読んで、今作が初めて観るランティモス作品で良かったかもと思いました。
    「英国版大奥」の部分は大いに楽しめたのですが、スローモーションやオーバーラップなどの映像による演出によって理解しにくい部分があり印象に残る映画でした。ラストの解説にはなるほど!と理解が深まり、エンドロールの羽音と音楽にも納得できました。ありがとうございます!

    • ジョルジュさんお久しぶりです。コメントありがとうございます!

      新たにはてなのほうでブログを再開されたのですね。ジョルジュさんの『女王陛下のお気に入り』評も読まさせていただき、「うんうん!そうそう!」と頷くことばかりでした。

      ジョルジュさんは本作がランティモス初体験とのことでしたので、おっしゃるとおり入り口としては最適だったかもしれませんよ。ここから彼の過去作を観ることによってジョルジュさんがどのような感想をいだくのか?『女王陛下のお気に入り』も普通に見ればそうとうアクの強い内容ですが、過去作はもっと強烈ですから(笑)。まず最初に『籠の中の乙女』や『聖なる鹿殺し』に触れて、「ダメだ!受けつけねぇ!」となっていたらこの『女王陛下のお気に入り』とも出会えない可能性があったかもしれませんからね。ジョルジュさんがランティモスの作品を過去へとさかのぼり、どのような感想を書くのか楽しみにして、またブログのほうに遊びに寄らせてもらいますね!

  2. わるいノリス より:

    恥ずかしながら上映直前でこの映画の監督がヨルゴスランティモスだと知り急いで鑑賞。

    成る程、エンディング曲はそういう選曲だったのですね!宮殿内で撃ち落とされるハトや、飛べないアヒルが強調されてましたもんねー

    仰られる通り、今作は自然光だけだったり極端に整ったパースなど各要素がマッチと言うよりは奇妙に組み合わさって、演出性と言うより映像性としての変態さこそ味わい甲斐のある作品でした。

    女性同士の面倒臭い世界に対して男のあのお気楽さ、あひるレースや全裸玉当てで使うスローモーションはこの愛らしさをメインのお話のコントラストにしてるのかな?
    何にせよシニカルでシュールなユーモアがあるからこの人大好きです。

    • わるいノリスさん、コメントありがとうございます!

      ヨルゴス・ランティモス監督は動物の使い方が毎回うまいですよね。まさかのロブスター再登場には爆笑してしまいましたけど(笑)。あれはコリン・ファレルなのかな?だとしたらレイチェル・ワイズとの久しぶりの共演ということで感慨深いものがあるようなないような。なんにせよ、ヨルゴス・ランティモス十割バッターはいまだ健在。はたしてこの記録をどこまで伸ばしていくのか?でもあんまりメジャーになられると彼のシニカルでシュールなユーモアがスポイルされそうなので、ほどほどに活躍しながらあくまでマイナーなカルト監督として生存していってほしいという、お気に入りに対する勝手なお願いはちと虫がいいかな?

  3. star より:

    お疲れ様です。
    感想遅くなって申し訳ないです。

    愛してやまないランティモス監督最新作にも関わらず、地獄の年度末デスマーチによって先週ようやく鑑賞出来、
    今週ようやくスパイクロッドさんのレビューに目を通すことが出来ました。

    ヨルゴスといえば尖りまくった作風故に多くの人向けとは言えないが、ツボにハマる人にはとことんハマる作風(故にカンヌでのウケがすこぶる良い)という印象だったので、
    オスカー10部門ノミネートと聞いたときは耳を疑いました
    あの変態と不条理で構成された世界がオスカーだと!?ヨルゴス、貴様魂を売り渡したか!!
    と、面倒極まりない不信感を抱きながら鑑賞に赴いた感想ですが、
    作家性や作風はほぼそのままに、より開かれた観やすい作品になっていたなあと感じました。

    宮廷物というだけである程度のファン層は獲得出来ますし、一定の格式も保証される
    その枠の中で、いかにもヨルゴスらしい底意地の悪さや、毎度お馴染みの謎スローモーションをはじめとする不条理でシュールな笑いをもたらすシーンを挟み込んでおり、これは幅広くウケたのも納得
    ヨルゴスビギナーにもマニアにも受け入れられやすい作りでした

    オリヴィア・コールマンの情緒不安定にもほどがあるアン女王はオスカー受賞も納得の見事さ(最初は彼女がロブスターに登場したオーナーと同じ女優とは気づきませんでした)でしたし、立ち姿が男前すぎるレイチェル・ワイズや、表情から野心を滲ませているエマ・ストーンも良かったです
    ラストのアップ長回しもザ・ヨルゴス作品のラストといった様相でした

    ただ、これがヨルゴス最高傑作かと言われると、やはり違うかなあと感じてしまうファン心理の面倒くささw
    開口の広さと引き換えに、頭がクラクラするような不条理性やシュール過ぎて変な表情で笑ってしまうようなシュールギャグは少なかったですねえ(笑えるシーンは多かったんですが、これまでに比べると万人に分かりやすい笑いだったと思います)
    時代劇として過去の時代を描いたことで、作品の舞台が想像の範囲内から逸脱しなかったことも原因かもしれません

    開口が広くなったことでより多くの人に評価されたのを喜ぶべきなんでしょうが、なんとも複雑な気持ちになってしまう私も、厄介なお気に入りを持った一人なのかもしれませんね

    • starさん、コメントありがとうございます!返信が遅くなってしまって申し訳ありません。

      ヨルゴス・ランティモスという監督を自分のお気に入りだと自認している厄介者(ボクやstarさん)にとっては、そのお気に入りがお気に入りであるゆえんから少々はみ出すと何様目線で難癖をつけだすというのは、お気に入り、お気に入られ、という構図の厄介さを表したなんとも香しい話で、映画の内容ともつながってその構図の厄介さを自戒も込めて思わずにはいられません。でもあの世界観が好きなんだから仕方がない!広く浅い評価なんぞいらん!俺の高い評価だけを受けつけろ!お前を真に理解しているのは俺だけだ!ああ~危ない危ない。ひたすら自戒しておきます(笑)。