スピルバーグとトム・ハンクス、ふたりのヒットメーカーが手を組んだ感動の実話!デタラメではないがマコトとも言えない。この映画を傑作たらしめたのは英国演劇界の至宝、マーク・ライランスその人だ!
作品情報
『ブリッジ・オブ・スパイ』
Bridge of Spies
- 2015年/アメリカ/142分
- 監督:スティーヴン・スピルバーグ
- 脚本:マット・チャーマン/イーサン・コーエン/ジョエル・コーエン
- 撮影:ヤヌス・カミンスキー
- 音楽:トーマス・ニューマン
- 出演:トム・ハンクス/マーク・ライランス/エイミー・ライアン/スコット・シェパード
予告編動画
解説
スパイの矜持とはパンイチ現場に踏み込まれても泰然自若のパンイチ姿を崩さないダンディズムにあると知る、実話をもとにしたサスペンスドラマです。
監督は『レディ・プレイヤー1』のスティーヴン・スピルバーグ。脚本は『ヘイル、シーザー!』のコーエン兄弟。主演は『ハドソン川の奇跡』が控えるトム・ハンクス。共演は英国演劇界の重鎮マーク・ライランス。
あらすじ
米ソ冷戦下の1957年。スパイ容疑でルドルフ・アベル(マーク・ライランス)という男が逮捕される。彼の弁護を担当することになったジェームズ・ドノヴァン(トム・ハンクス)は、世間の批判にさらされながらも奮闘、なんとか彼の死刑を回避する。
時を同じくして、アメリカの偵察機がソ連領空内で撃墜され、パイロットのパワーズがスパイとして拘束されてしまう。アメリカ政府はパワーズ救出のためにアベルとの交換を打診。その交渉役として選ばれたのは民間人であるドノヴァンだった。
交渉場所は東西を分断する壁が建造中の東ベルリン。身の安全が保障されない危険な地で、意を決して困難な交渉へと望むドノヴァンだったが……。
感想と評価/ネタバレ無
2015年に映画界を賑わせたスパイ映画の一群。やや遅れて日本での公開は2016年となりましたが、この『ブリッジ・オブ・スパイ』もそのひとつと数えられるでしょう。劇場まで足を運ぼうかと悩んだ一作ではありますが、なんやかんやで断念。
断念した主な理由は、みんな大好きスピルバーグのことがボクはあまり好きではないから。変態を娯楽性によって隠蔽したえせヒューマニスト。変態性が前面に出た作品(『激突!』『ミュンヘン』など)は好きなものの、いわゆるヒット作には拒絶感が出ちゃうの。
んなもんで「DVDでいいや」と静観を決め込み、『パディントン』やら『白鯨との闘い』なんかを観ていた不届き者。そんな不届き者がこの『ブリッジ・オブ・スパイ』を観てどう思ったか?とりあえず、差別と偏見に満ちた自分をぶん殴ってやりたいよ!
ただならぬオープニング
自分。鏡に映る自分。自画像のなかの自分。分裂した同じ人間の3つの顔を象徴的に映し出したオープニング。窓から射し込む陽光。ヤヌス・カミンスキーの卓越した撮影技術と、スピルバーグのこだわりが結実した完璧な構図によるショットの連続。
すまんスピルバーグ。ボクの差別と偏見を許してくれ。このオープニングショットひとつでボクはこの映画が好きになってしまった!しかもそこで映し出される映画の顔が、男たる者こういう老い方はしたくないと切に願ってしまう残念な顔(失礼)!
そんな残念な顔をした、老いさらばえた肢体をもった、要するにしょぼくれお爺ちゃんの淡々とした行動。そしてそんなしょぼくれお爺ちゃんの行動を監視する謎の組織の存在。彼らの奇妙な道行きをほぼ無言でとらえたカメラの素晴らしさよ。
監督の演出、役者の演技、カメラマンの技術が結集したこの一連のオープニングシークエンスのみで、この『ブリッジ・オブ・スパイ』が近年のスピルバーグ作品とは一線を画す、ただならぬ複雑さを有したものであることがすでにうかがい知れます。
主役マーク・ライランス
しょぼくれお爺ちゃんの名前はルドルフ・アベル。アベルを監視し、最終的に拘束したのはFBI。要するにアベルはソ連のスパイだったというわけ。とてもじゃないが敏腕スパイには見えないアベルの風貌は、これぞ映画のお約束を逆手にとったリアリズム。
このルドルフ・アベルを演じたのが英国演劇界の至宝マーク・ライランス。撮影時の彼の年齢はなんと54歳!ジェームズ・ドノヴァン役のトム・ハンクスが58歳ということは、あんたハンクスより年下かい!どうみても70過ぎの爺さんにしか見えんぞ!
しかしここで断言しておきますが、この映画を傑作たらしめている最大の功労者は、スピルバーグでもハンクスでもカミンスキーでもなく、70過ぎの爺さんにしか見えないマーク・ライランスその人なのである。彼がいたからこの映画は傑作になった。
迫真の脱力演技とでも申しましょうか。力抜けすぎで演技しているのかしていないのかわかりません。つまりは驚愕のリアリズム演技。失礼な話ながら、ハンクスと並ぶと彼の凄さがさらに際立ちます。なるほど、真の演技とはこういうことなのか。
スピルバーグに泣かされる
ソ連のスパイとして米国で拘束され、司法で裁かれることとなったアベル。そんな彼のことを弁護することになった、“不屈の男”ジェームズ・ドノヴァン。彼らふたりの闘いと友情、そしてその後の米ソによるスパイ交換を描いたサスペンス劇。
正直な話、単なるスピルバーグとハンクスのコンビ作では良心的な佳作がいいところだったのでは?しかし、そこに劇的な化学反応を起こしたのがこのマーク・ライランスの存在なのです。彼がいたからこそハンクスが底上げされ、ドラマに命が宿った。
個人、国、社会における分裂と分断、そして壁をテーマとしたこの映画の屋台骨を支えているのは、やはりほかならぬルドルフ・アベル(マーク・ライランス)以外には考えられませぬ。複雑な彼の人格とそれを演じたライランスの飄々よ。
東ドイツに渡ったドノヴァンの不屈の交渉術も確かにスリリングですが、そのスリルを陰で支えているのもアベルの存在。彼の信念、達観、そして命がこの実話のドラマを支えている。ドノヴァンのアベルへの想いが支えている。
アベルとドノヴァンとのあいだで形成される共闘と信頼、そして友情関係。恥ずかしながらグリーニッケ橋でのふたりの再会シーンには思わず涙がこみ上げてきてしまった。スピルバーグで泣くなんてうれしはずかし初体験だよ……。
最高傑作!と言ってもよい
もうひとつの化学反応コーエン兄弟、編集の妙、フラッシュの凶器、ベルリンの壁など、ほかにも書きたいことは山ほどあったのですが、とりあえずはアベル(ライランス)を中心にひり出させていただきました。これでけっこう忙しい身なのです。
しかし、この映画を劇場鑑賞しなかった自分の鑑識眼のなさは本当にぶん殴ってやりたいですね。個人的な意見ですが『ミュンヘン』以来の傑作、もしかしたらスピルバーグ史上の最高傑作と言ってもよいかも?正直それぐらい素晴らしい映画でした。
最後にひとつ。ソ連のスパイを弁護する売国奴としてのドノヴァンを、米軍のパイロットを救った英雄としてのドノヴァンを、車中で見つめる人々の視線は等価なものですよね。こういう意地の悪い変態性がにじみ出ているスピルバーグ映画は好きよ。
個人的評価:8/10点
DVD&Blu-ray
VOD・動画配信
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コメント
ドノヴァンが序盤に交通事故の賠償の件で弁護活動をしますね。その交渉術がうまく本編に生かされてくるとは思わなかったです。
とにかくラスト付近の橋の上での攻防が手に汗を握りました。
見ごたえのある映画でした。
ミス・マープルさんコメントありがとうございます!
そのへんも伏線として上手に使われていましたよね。ドノヴァンとアベル。互いに複数の顔を持った男同士ということで、何か相通じるものを感じたのでしょう。不屈の男と愚直な男。これが彼らの真実の顔なのだと思います。そんな彼らが最後に再会を果たす、グリーニッケ橋での攻防はホントに地味なんだけど本当に素晴らしい!しかし、まさか泣くとは思わなかったなぁ~。
ご無沙汰してます。
現実のスパイというのは、あういう「完全に市民に溶け込む」人物ですね。あのリアリティーはノンフィクションの醍醐味ですね。
東側の微妙な関係(ソ連と東独)など、見せ場に事欠かない秀作でした。
ハリーさんコメントありがとうございます!
映画としてはスパイという職種は派手にしないと絵にならないわけですが、本来は隠密を旨とする職業ですからね。目立たなくてなんぼなわけです。そういう映画的スパイ像とはかけ離れたマーク・ライランスの飄々としたしょぼくれ感が本当に絶妙でしたよね。スピルバーグもまだまだ侮れませんわ。
スパイクロッドさん、
素晴らしい記事をありがとうございます。
私もアベルの「役に立つのかね?」にやられました。
「惑星ソラリス」、「灼熱の魂」、「神様メール」、「君の名は」、「マジカルガール」、「手紙は憶えている」… 貪り読ませていただきました。
共感できる映画評に出会える喜びは、名画に出会えた喜びに匹敵します。
自分の感想を上手く言い表せないもどかしさを、スパイクロッドさんの映画評で吹き飛ばしてもらえます。この爽快感たるや…。
妬ましいほどの文才、画才ですね。
うさこさん、コメントありがとうございます!
この『ブリッジ・オブ・スパイ』の感想だけではなくて、ほかにもいろいろと読んでいただけたみたいですね。もはや感謝の言葉しかありません!自分のイラストや感想は、まあ自分が好きで書いて(描いて)いるものなので、それに才能があるのかどうかは正直わかりませんが、「共感できる映画評に出会える喜びは、名画に出会えた喜びに匹敵します」といううさこさんの言葉には自分も同意します。映画を観る喜びと、その映画の感想を読む喜びはけっこう同等なものなのですよね。素晴らしい映画評と出会ったときの感動は本当に読んでて泣いちゃうぐらいです。んでもって強烈に嫉妬します。「くっそ~俺よりすげー感想書きやがって!」って(笑)。またうさこさんに楽しく読んでいただけるような映画評を書けるよう精進するつもりですので、これに懲りずにまた遊びに来てやってくださいね。お待ちしております!