『籠の中の乙女』感想とイラスト ゆりかごからの脱出

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映画『籠の中の乙女』のイラスト
フィックスの長回しで妙な時間と空間を切り取った家族の肖像。不快に滑稽で恐怖が感動的。このなんともいえない据わりの悪さこそがヨルゴス・ランティモスの真骨頂なのだ!

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作品情報

『籠の中の乙女』
Κυνόδοντας/Dogtooth

  • 2009年/ギリシャ/96分/R18+
  • 監督:ヨルゴス・ランティモス
  • 脚本:ヨルゴス・ランティモス/エフティミス・フィリップ
  • 撮影:ティオミス・バカタキス
  • 出演:クリストス・ステルギオグル/ミシェル・ヴァレイ/アンゲリキ・パプーリァ/マリー・ツォニ/クリストス・パサリス/アナ・カレジドゥ

参考 籠の中の乙女 – Wikipedia

予告編動画

解説

我が子をこの汚れた世界から守るため、外界と完全に遮断された特殊な環境下で暮らす家族の奇妙な肖像を描いた不条理ファミリードラマです。第62回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門のグランプリ受賞作。

監督は本作によって世界的成功への足掛かりをつかんだギリシャの鬼才、『ロブスター』『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』のヨルゴス・ランティモス。出演陣はギリシャの俳優たちで知らん顔ばかりですが、父親役のクリストス・ステルギオグルの顔は一度見たら二度と忘れない圧巻の顔面力。

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感想と評価/ネタバレ有

『ロブスター』のヨルゴス・ランティモス監督の名を一躍世界へととどろかせた心温まる家族の肖像。なんか久々に観たくなったので借りてきちゃいました。しかしこれを観るとあれですね。『ロブスター』ってちゃんとした娯楽作だったんだなぁってしみじみ思いますね。

観客を困惑、不安、不快のどん底へと叩き落とすのが目的なのかしら?といぶかってしまうぐらいのぶっちぎり。ぶっちぎりすぎて笑っていいのやら悪いのやら。ってしっかり爆笑しとるのですけどね。これで爆笑できるようになったらあなたも立派な人間のクズの仲間入り!

ゆりかごからの脱出

物語の構造はほぼ『ロブスター』と同じ。何者かによって定められた掟のなかで暮らす箱庭世界の虚構と現実、内部と外部。恐怖の独裁者によって作られたゆりかごに揺られて一生を安全に滑稽に過ごすのか?それとも危険を承知で外部へと活路を開くのか?

我々が生きるそれぞれの社会においてはそれぞれのルールがあり、それを外部から批判、糾弾するのは容易いことです。外の世界と隔離するための言葉遊び、機械的な性処理、わかりやすいアメとムチ。我々の一般常識から考えれば狂気の沙汰以外の何ものでもありません。

しかし彼ら家族はいたって真剣。真剣に滑稽にぶっ壊れておるのです。すべては大事な子供たちをこの薄汚れた世界から守るため。そのために性処理用の女性を金で買い、シナトラの名曲『Fly Me to the Moon』を超訳し、対ネコ用戦闘訓練を実施し、VHSで頭をぶん殴る。

完全なるキチガイの所業ですが、それではこの両親の狂気はどこから来たものなのでしょう?おそらくはもうひとりいたはずの長男の死に関係があるかと。彼を事件か事故によって失った夫婦は、残った子供たちを守るため外の世界との隔絶を選んだのだと思います。

その原動力となったのは、一見すると独裁者のように見える父親ではなく、母親の心が壊れてしまったことに起因するのではないでしょうか?彼女の狂気によって生み出された恐怖のゆりかご。あの家のプールは子宮の象徴であり、家全体が母体のようにも思えます。

そこから出ない安定と安心、ゆりかごの心地よさ。そのなかで父親は独裁者を気取り、子供たちは無自覚に狂気とたわむれる。しかし、誰しも子宮を出なければこの世界に生を受けたことにはならない。生まれ落ちることは恐怖でもあるが、同時に喜びでもある。

長女が感情を獲得し、外の世界への興味を、興奮を、生まれ落ちる喜びを抑えきれなくなるきっかけが「映画」にあったというのがこの映画の素晴らしいところ。次男の性処理用の相手である外部の女性から入手したVHSに刻まれていた、ハリウッドの夢。

『ロッキー』『ジョーズ』『フラッシュダンス』。ゆがんだ虚構を打ち破るのもまた虚構。これらハリウッドの夢に触発された彼女が見せる、初めて獲得した感情の発露のなんと感動的なことか!我々と同じである。映画に魅せられ、映画によって生まれ変わったのです!

「犬歯(Dogtooth)が生え変わったら外の世界に出られる」と犬のように調教されていた長女は、自らの手で犬歯をへし折り、外の世界へとつながる唯一の交通手段、父の車のトランクへと隠れるのです。箱庭の崩壊。自由への脱出。いざ!明るい未来の光へと!

幸せってなんだろう?

と、ならないのがこの監督の凄いところ。これまでどおりフィックスの長回しによって撮影された駐車場の車は、最後までなんの変化も見せずに「The End」。長女の未来は見事なまでに虚空へと放り投げられたのです。最後まで困惑、不安、不快のぶっちぎり大将!

はたして長女の未来は明るいのか?彼女は幸せになれるのか?しかし幸福とはあくまで個人の主観。自由を幸福と感じる者もいれば、支配や従属を幸福と感じる者もいる。長女が去ったあとに次男とベッドで横たわる次女のまるで勝ち誇ったような、満足そうな笑顔。

その主体性のなさを嘲笑することは簡単ですが、我々は違うとはたして言いきれるのでしょうか?我々とて誰かのルールに縛られた檻のなかの犬。与えられた幸福に飛びつくパブロフの犬。長女の未来が提示できないのは、それが必ずしも幸福だとは限らないからです。

次作『ロブスター』と同じく、我々の価値観を揺さぶりにかかってくる悪魔の問題作。未見の方がおられましたらぜひとも観ていただきたいのですが、満足していただけるかどうかの保証はしかねます。それこそ個人の主観。何に幸せを感じるかは人それぞれなのですから。

あ、レイティングがR18+なので未成年は観ちゃダメよ。まったくエロくないけどモザイクだらけだからね♡

個人的評価:7/10点

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コメント

  1. ミス・マープル より:

    長女が行動を起こす直前に踊ったダンスが次第に狂気に満ちていくのを見て、この家族のもろいつながりが壊れていく瞬間を感じました。
    とはいえ物の名前を全く違う物で教えたり、外の世界にいる恐ろしい猫退治のため、必死で犬のように吠える姿は滑稽を通り過ぎて悲哀が漂ってきます。
    独特の世界観を持つ監督で、実はけっこう好きです。

    • スパイクロッドスパイクロッド より:

      ミス・マープルさん、コメントありがとうございます!

      『フラッシュダンス』に触発されて、ダンスのなんたるかもわかっていないのに見様見真似で、それこそパッションのみで、ひたすら自らの感情を、想いを自己表現しようとする長女の姿には胸打たれました。不細工でも想いは伝わるということです。それを奇異なものとして見る家族の側こそがゆがんでおるのですけど、これによってこの家族のつながりが壊れていくとはボクは感じませんでした。むしろ長女の存在が消えたことにより、この家族の絆はよりいっそう深まるのではないでしょうか?カルトと同じ論理ですね。解答を投げっぱなしで放り出してしまうこの監督の芸風がボクは大好きです!

      今年もどうぞよろしくお願いしますね!

  2. おーい生茶 より:

    スパイクロッドさん、お久しぶりです。
    この映画は鑑賞前の期待のハードルを上げすぎました。
    スパイクロッドさんとは別の方が政治風刺映画と紹介していて
    モチーフをどう料理したか確認したくて見た次第です。

    結果は、96分が長く感じるほど退屈。
    米民主党による共和党攻撃映画としてならマイケル・ムーア監督に大きく劣ります。
    でもラストはいいと思います。
    30分映画であのラストなら良かったかな。

    • おーい生茶さん、コメントありがとうございます!

      「政治風刺映画」ですか。ボクはあまりそういうイメージはいだかなかったですね。ギリシャの映画ですからアメリカの政治的対立は関係なさそうですし。ボクはこのヨルゴス・ランティモスという監督は人間を観察する人なんだと思ってます。人間を動物のように観察しているとでも申しましょうか。もうその目線が変態すぎで意地が悪くて(笑)、ボク的には大好きな監督なんですけどね!