『ヒストリー・オブ・バイオレンス』感想とイラスト ラストの晩餐

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良き夫であり、父であった男に隠された血塗られた歴史。ハゲの来訪によってそのパンドラの箱が開かれたとき、男は再びモンスターと化し、家族の食卓は静寂に包まれるのだ!

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作品情報

『ヒストリー・オブ・バイオレンス』
A History of Violence

  • 2005年/アメリカ、カナダ/96分/R-15
  • 監督:デヴィッド・クローネンバーグ
  • 原作:ジョン・ワグナー/ヴィンス・ロック
  • 脚本:ジョシュ・オルソン
  • 撮影:ピーター・サシツキー
  • 音楽:ハワード・ショア
  • 出演:ヴィゴ・モーテンセン/マリア・ベロ/エド・ハリス/ウィリアム・ハート

参考 ヒストリー・オブ・バイオレンス – Wikipedia

予告編動画

解説

夫の、父親の血塗られた過去が暴き出されたとき、家族はその現実と否応なく向き合い、静寂が食卓を支配するというサスペンスアクションです。原作はジョン・ワグナーとヴィンス・ロックによる同名グラフィックノベル。

監督は我が心の師、変態の神様デヴィッド・クローネンバーグ。主演は『イースタン・プロミス』『危険なメソッド』でもコンビを組んだヴィゴ・モーテンセン。共演に『プリズナーズ』のマリア・ベロ。

出演時間は短いものの、さすがの貫禄で存在感を示してくれているのが、『ラン・オールナイト』のエド・ハリス、『蜘蛛女のキス』のウィリアム・ハートというベテランふたり。特にウィリアム・ハートはこの演技でアカデミー助演男優賞にノミネートされました。

あらすじ

インディアナ州の田舎町ミルブルック。そこで小さなダイナーを経営するトム・ストール(ヴィゴ・モーテンセン)は、弁護士の妻エディ(マリア・ベロ)、高校生の息子ジャック、幼い娘のサラに囲まれた平凡だけど幸せな家庭を築いていた。

そんなある日、閉店間際の彼の店にふたり組の強盗が現れる。しかしトムはこの事態に冷静に対処し、驚くべき身のこなしでふたり組を見事に撃退してしまう。これにより地元のヒーローとなった彼の活躍は、テレビや新聞を通して大々的に報道されるのだった。

その数日後、報道によって彼の存在を知ったフィラデルフィアのマフィア、カール・フォガティ(エド・ハリス)が現れる。トムのことを「ジョーイ」と呼んで執拗に付きまとうフォガティ。彼の登場により、トムの過去が、家族の未来が怪しくうごめき出すのであった……。

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感想と評価/ネタバレ有

2002年に公開された『スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする』。自らプロデューサーも務めて資金集めに奔走したこの作品の興行的惨敗により、一時は破産寸前にまで追い込まれたクローネンバーグ。

その反省を受けて、大手スタジオの支援のもとに起死回生を狙ったのがこの『ヒストリー・オブ・バイオレンス』。本人いわく「大衆向けの娯楽映画」だとのことで、批評、興業ともに十分な成功を収め、目論見どおり一瞬にして見事な復活を果たしました。

しかしこの作品を観た方ならば、「どこが大衆向けの娯楽映画なんだ?」と思われる向きもあるでしょう。でもね、これでもクローネンバーグにしては十分わかりやすいほうなのですよ。多少なりとも間口を広げて獲物を誘い込み、一部の者には歓喜のこぶしを突き上げさせ、一部の者には毒霧を吹きかける。これは実はそういう映画なのだと思います。

そのへんにある暴力

冒頭の横ドリーによる長回しから、すでに不穏な空気全開なこの映画。けだるく日常化した暴力にもはや倦怠感すら覚えている強盗ふたり組。彼らはきっと長年こうして全米をどさ回っているのでしょう。平穏な生活に無理矢理デリバリーする暴力の営業巡業。

今回の標的となったのは場末のモーテル。無造作に転がっている暴力の爪痕。チンッ♪子供だって容赦はしねーぜ。こいつらが主人公トムの店を襲撃する強盗たちだとわかるのはもう少しあと。ではなぜこんなやられキャラからこの映画は始まったのだろうか?

それは暴力の現実と、トムの過去をかいま見せるため。彼らのけだるく日常化した無造作な暴力の現実は、とりもなおさずトム=ジョーイの過去の日常だから。

幸福に落ちる影

インディアナ州の田舎町でダイナーを営みながら、美しい妻とふたりの子供に恵まれた平凡だけど幸福な人生を送っている男、トム・ストール。彼の幸福感はアラフォー妻のチアリーダー姿に集約されております。森の中で拾った昔のエロ本を思い出すような幸福感。

そんなトムの、そして一家の幸せに不吉な影を落とす娘が見たモンスターの夢。不吉な予知夢は現実と化し、恐ろしい殺人モンスターが覚醒してしまう!前述した強盗ふたり組がトムの店を襲い、無駄に巨乳なウェイトレスの乳を揉みしだいておるのです!

「俺にも揉ませろ!」とトムが思ったかどうかは知りませんが、お乳のピンチに勃ち上がった彼によってやられキャラらしく瞬殺されるふたり組。その手際の良さ、こやつ只者ではない。てなわけで地元のヒーローと化し、テレビや新聞に彼の顔写真がデカデカと載ったのです。

それを目ざとく見つけてトムの前に姿を現すハゲの誉れエド・ハリス。もといカール・フォガティ。彼による執拗な「なあジョーイ」攻撃によって、モンスターとしての過去をグリグリつつかれるトム。誰しも過去から逃れることはできない。その現実に打ち震えるトム。

暴力の結果

過去を忘れたふりをし続け、別人としての人生を過ごし、いつしか偽りが真実へと変わったと錯覚していた男。彼に突きつけられる認識の甘さ。現実の厳しさ。過去に犯した暴力の結果。その血を受け継いだ息子。家族のあいだに流れる不穏な空気。

それを最も象徴的に表しているのが、フォガティの車を見て家に向かったと思い込み、負傷した足を引きずりながら激走するトムの姿。過去の亡霊がむくむくと表面化してきた瞬間です。殺したはずのジョーイの亡霊。

20年ほど前、フィラデルフィアで兄のリッチーとともに暴虐の限りを尽くしていた頃の自分。暴力モンスターとしての過去。拭い去れない彼の歴史。ついに家まで押しかけてきたフォガティたちを見た瞬間、トムのなかで眠っていたジョーイが目を覚ますのです。

愛する人を守るために、あの頃の暴力を行使するために。この決定的瞬間のヴィゴ・モーテンセンの演技には戦慄し、震えました。そして満を持して繰り出されるジョーイとしての暴力の歴史。「お前を殺しておけばよかった」。

ここでクローネンバーグは長々とその衝撃を演出するような野暮なことはいたしません。動いた瞬間にもはや勝負は決している。まったく無駄のないシンプルなまでのアクションシーン。それに対して、動いた暴力の結果をまざまざと、執拗に、グロテスクに描き出す変態への過剰なサービス精神。

いとも簡単な行為が引き起こすとんでもない結果。圧倒的なまでの暴力のリアリティ。ヒーローの華麗な悪漢撃退に賛辞を贈る我々の眼前に突きつけられる、その結果のおぞましいゴボゴボ。人はかくも死んでゆく。

暴力の連鎖も含めて、トムの暴力とアメリカの正義を結びつけることもできますが、クローネンバーグはもっと根源的な暴力の魅力と魔力を描いていたのだと思います。爽快感と罪悪感。あなたはこの映画を観てどちらを強く感じましたか?

現実と向き合う覚悟

田舎町で平和に暮らす男は実は、昔々最強の殺人マシンだったという、コテコテの西部劇を換骨奪胎したこの『ヒストリー・オブ・バイオレンス』。ゆえに間口は広げられ、クローネンバーグ言うところの「大衆向けの娯楽映画」的側面も確かにあるかと思います。

しかしその単純化された物語の裏側に潜む、どす黒い悪意の存在に気づいてしまった者は、クローネンバーグの突きつけてくる現実に頭を抱えてしまうことでしょう。それはトムの家族、エディ、ジャック、サラと同じ苦しみであり悩みであります。

善良な夫であり父だと思っていた存在が突然、正体不明のモンスターと化す。その現実とどう向き合い、受け入れるのか?答えは提示されません。示されるのは無言の家族の食卓だけ。最後に顔を上げて、夫の顔を真正面から見つめた妻の瞳は何を表しているのか?

クローネンバーグにしてはわかりやすく、コンパクトにまとめられていたこの映画。自分的には少々喰い足りない部分もあるのですが、このクローネンバーグらしいドライに突き放した無言のラストシーンの素晴らしさは圧巻です。ここを観るためにも暴力が苦手でも付き合うべき映画だと思います。

次作の『イースタン・プロミス』でもヴィゴ・モーテンセンと組み、ヒリヒリ痛い男気バイオレンスへと振りきれたクローネンバーグ流娯楽映画。この2作はクローネンバーグ入門編としても最適でしょう。近々『イースタン・プロミス』のレビューもアップする予定ですので、お好きな方はこうご期待。

個人的評価:7/10点

DVD&Blu-ray

VOD・動画配信

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