「反戦映画だ!」「いや好戦映画だ!」あなたがそう思うのならそうなのでしょう。反戦でもあり好戦でもある。そしてそのどちらでもない。その実ここで描かれているのは、ただあるがままの戦争の姿なのではないでしょうか?
作品情報
アメリカン・スナイパー
- 原題:American Sniper
- 製作:2014年/アメリカ/132分/R15+
- 監督:クリント・イーストウッド
- 原作:クリス・カイル
- 脚本:ジェイソン・ホール
- 撮影:トム・スターン
- 出演:ブラッドリー・クーパー/シエナ・ミラー
予告編動画
解説
イラク戦争を舞台に、期せずして戦場の伝説と化していくカウボーイの末路を描いた、戦争映画史上最大のヒット作となった戦争伝記映画です。
監督は御年84歳にしていまだ枯れない無敵の駆逐艦、『ハドソン川の奇跡』のクリント・イーストウッド。主演は『運び屋』でも師匠イーストウッドとタッグを組んだ弟子のブラッドリー・クーパー。共演には『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』のシエナ・ミラーなど。
基本的に劇中音楽のない映画なのですが、ある重要なシーンでエンニオ・モリコーネがマカロニ・ウエスタン『続・荒野の1ドル銀貨』のために作曲した『The Funeral(葬送)』が流れます。これにも注目してください。
あらすじ
テキサスに生まれ、厳格な父親から「弱い羊たちを狼から守る牧羊犬になれ」と教えられて育ったクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)。1998年にアメリカ大使館爆破事件をテレビで見た彼は、強い愛国心から30歳にして海軍を志願。
厳しい訓練を突破してシールズへと配属されたクリスは、私生活でもタヤ(シエナ・ミラー)という最良の伴侶を得て、幸せな日々を送っていた。そんなときに発生したアメリカ同時多発テロ。クリスは狙撃手としてイラクに派遣されることとなる。
類まれな狙撃の腕前で仲間たちから“レジェンド(伝説)”として称賛されていくクリスだったが、過酷な戦場の現実はいつしか彼の心を蝕んでいくのだった……。
感想と評価/ネタバレ有
本国アメリカでは、保守とリベラルとのあいだで激しい論争が巻き起こり、この手の映画としては異例の大ヒットを記録した『アメリカン・スナイパー』(最終的には北米興行成績3億ドルの大ヒット)。
はっきり申しまして、右も左もイーストウッドの術中にまんまとハマっておりますね。マイケル・ムーアなんていいカモです。イーストウッド自身ものちのコメントで、「この映画の大ヒットはあいつのおかげだ」なんて茶化しておりましたから。
ぶっちゃけこの映画は、どう観たいか、どう観るかによって180度印象が変わってくるのではないでしょうか?それによって問われているのは我々自身なのかも?
戦争と戦場の真実
好戦的であり、反戦的でもある。またはそのどちらでもない。その実この映画が描いていた内容とは、ただあるがままの戦争の姿だという気がいたします。
強い愛国心と仲間意識をもった善良な若者が、日常的に仲間の死と敵の死に触れ続けるとどうなるか?平たく言ってしまえば戦場PTSDものですけど、事態はそう単純ではありません。
彼の国を、家族を、仲間を想う気持ちに間違いはありません。そういう意味においては、彼は紛れもない英雄なのです。とりわけ本国アメリカにおいてはこれは絶対的なものでしょう。それはこの映画の大ヒットが雄弁に物語っておるかと思われます。
しかし、その英雄の心を蝕み、傷つけ、戦地ではなく、母国アメリカで最期を迎えさせることになったのはなぜなのか?この映画はその真実を懇切丁寧に教えてくれるような作品ではありません。ただその問いをこちらへと投げかけてきておるのです。
あいかわらず余計なドラマや感傷を排除した、とにかくシビアな現実の痛さと闇ですよね。女子供を撃たなければならない現実。命の危機。ギリギリの選択。仲間の死。復讐心。そして、実は最も肝心なのが敵スナイパーの存在。
番犬と狼
この作品が一筋縄でいかないのは、この敵スナイパーを主役にしても同じ物語が成立するかもしれないという事実です。あえて深い描写は避けておりますが、基本的には同じなわけです。
彼らスナイパーはお互いを狼と認識した同じ番犬なわけですね。そして、そのアメリカ(もしくはイラク)を守る番犬の姿を通して、アメリカ自身の姿も描いていたというわけです。
弱き羊を狼から守る使命を与えられた番犬は、必死にその使命を果たそうと働き続けるが、その結果、番犬に訪れるのは幸福なのか不幸なのか?アメリカを守るためにカイルが放った銃弾は、一周回ってアメリカ自身をも貫いているような気がいたします。
変種の西部劇
鏡像の関係にあるふたりのスナイパーの意地とプライドをかけた狂気の対決。蛮族の駆逐。 スコープ越しの視点。吹き荒れる砂嵐。籠城戦。そしてカウボーイ。なるほど、これは変種の西部劇だったわけですね。
左派の批判にさらされたのは、この戦争エンターテインメント的な部分によるものが大きいのだと思いますが、実際はこれもひとつのアイロニーなんですけどね。まあかなり危ういのですが、これはイーストウッドの確信犯でしょう。
『グラン・トリノ』で暴力の連鎖の断ち切り方を身をもって示したイーストウッドが、あえてまた暴力に暴力で対抗する状況を描写する。そこにこそこの映画の大きな意味があると思うのですけどね。 残念ながら答えはまだ出ておりませんが、これからの世界のためにもういっぺんちゃんと考えてみようやってことです。
無音のエンドロール
戦場映画としての臨場感、そして緊張感もまさにトラウマ級で、とりわけ俯瞰で撮られたスナイパーの視線、対して車両をとらえたローアングル、屋上の洗濯物、砂嵐の脱出劇などは本当に必見ですよ!
カイルの最期について前置きもなくネタバレしておりますが、ネタバレうんぬんは関係のない映画だとの判断ですので、あしからず。
最後に、無音のエンドロールに込められた意味を噛みしめ、じっくりと余韻に浸ってほしいものであります。劇場で鑑賞したときに、大多数がさっさと席を立って劇場をあとにした姿にガッカリしてしまいましたので。
自宅のDVD鑑賞では難しいところもあるかとは思いますが、そこでしばし立ち止まり、この映画が投げかけていた問いを自分なりに考えてみてください。それによってようやくこの映画は完結するのです!
個人的評価:9/10点
DVD&Blu-ray
VOD・動画配信
『アメリカン・スナイパー』が定額見放題なおすすめ動画配信サービスはU-NEXT、プライム・ビデオ、Hulu(2020年2月現在。最新の配信状況は各公式サイトにてご確認ください)。
コメント
そうそう無言のエンドロールで考える映画なんですよね。
同じく劇場で鑑賞し、多くの人が席を立つ上に、前の母子は携帯の留守電を
再生し始める始末。
あの時間に自分なりの感想をまとめられると思います。
ミス・マープルさん、コメントありがとうございます!
そうですよね~。
あの無音のエンドロールが大事だというのに、
さっさと席を立つ人が多すぎるのですよ!
ただあの余韻はやはり劇場ならではかなとも思います。
自宅鑑賞ではちょっと難しいかな?
こんばんわ。
戦争映画でありながら大変ストイックな作品に仕上がっていますね。仰る通り、「戦争のあるがままの姿」を淡々と描いていて、どう捉えるかは、観客に丸投げですね(確信犯的に)。
こういう映画を撮れるイーストウッドは、本当にしたたかな監督です。踊らされる人は踊らされるでしょうね(笑)。政治論争の前に観るべき、知るべき光景があることを教えてくれる作品です。
ハリーさんコメントありがとうございます!
イーストウッド爺さんはゴリゴリの右寄りだと勘違いされているところもありますが、作っている映画や発言をみるとかなり変種の保守ですからね。やはり一筋縄ではいきません。全部わかってやってますから。この映画を観て、誰がどんな発言、反応をしたかによってその人となりが暴露されてしまうという、非常に恐ろしい映画ではないかと思います。