親子が営むモルグ(死体安置所)へと運び込まれた身元不明の全裸遺体ジェーン・ドウ。その体を切り刻み、内臓を吟味し、皮の裏側まで凝視し尽くした親子が見たものは、見てはいけない、開けてはいけないパンドラの箱……。
作品情報
『ジェーン・ドウの解剖』
- 原題:The Autopsy of Jane Doe
- 製作:2016年/アメリカ/86分/R15+
- 監督:アンドレ・ウーヴレダル
- 脚本:イアン・ゴールドバーグ/リチャード・ナイン
- 撮影:ロマン・オーシン
- 音楽:ダニー・ベンジー/ソーンダー・ジュリアーンズ
- 出演:ブライアン・コックス/エミール・ハーシュ/オフィリア・ラヴィボンド/マイケル・マケルハットン/オルウェン・ケリー
予告編動画
解説
猟奇的な一家惨殺事件が起きた家の地下から発見された身元不明女性の全裸死体。この解剖にあたることとなった検死官親子が体験する謎と恐怖を描いたモルグホラーです。
監督は『トロール・ハンター』で注目を集めたノルウェー人監督アンドレ・ウーヴレダルのハリウッドデビュー作。ちなみに「ジェーン・ドウ(Jane Doe)」とは名前不明の人物を指して使用される俗語であり、男性の場合は「ジョン・ドウ(John Doe)」。日本で言うところの「名無しの権兵衛」であります。
主演は『刑事グラハム/凍りついた欲望』のブライアン・コックスと『キラー・スナイパー』のエミール・ハーシュ。ジェーン・ドウ役を演じるのはロシア版『VOGUE』などでモデルとして世界的に活躍するオルウェン・ケリー。
感想と評価/ネタバレ有
昨年のレンタル解禁時に鑑賞していたものの多忙ゆえに感想を書く時間がなかった『ジェーン・ドウの解剖』。ウチの常連さんからこのたびリクエストをいただきましたので、あらためて鑑賞してみたらやっぱり怪しく不気味に美しい死体愛あふれる怪作で小躍りした次第。
科学が自然に惨敗する瞬間
バージニア州の田舎町。一家3人が惨殺された家の地下から発見された身元不明な女性の全裸遺体。彼女(ジェーン・ドウ)の検死解剖を依頼された地元のベテラン検死官トミー(ブライアン・コックス)と息子のオースティン(エミール・ハーシュ)。
一見すると彼女の遺体には外傷がなく死因はまったくの不明だったが、解剖の過程で常識を超えた事実が次々と判明し、謎は深まるばかり。それを解明すべく検死を続けていく親子はいつしか不可思議な現象の渦へと呑み込まれていくのであった……というのが簡単なあらすじ。
ミステリアスな美女の全裸死体に隠された秘密へと、知的な科学的アプローチによって迫っていくクールさがひたすらカッコいいですよね。基本ホラー映画の主人公は「バカ」が定番で、そんなバカがおバカな言動によってバカバカしい地獄へと叩き落されるのを愛でるもの。
しかし本作の主人公親子はバカとは対極に位置する。不可思議な死体の謎に観察・検証・知識をフル動員して挑む姿は、おバカなホラーを全否定するクールな知的探求心にあふれる超絶男前。「動機は関係ねぇ、俺たちが調べるのは死因なんだよベイビー」と語るイケメンぶり。
ゆえにエロ視点皆無で美女の全裸死体をじっくりと観察し、それを冷静に切り刻み、そこから得られた情報、知見をもとに、彼女がすっぽんぽんの裏側に隠しているである真相へと科学的に迫ってみせる親子の検視官としての矜持。これがひたすらカッコいい。
そしてそんな彼ら親子の矜持がズタズタに破壊され、「ヤバいよ!ヤバいよ!こんなの手に負えねーよ!逃げろー!……って逃げらんねーー!」と右往左往七転八倒する姿がひたすら恐ろしい。科学的アプローチが超自然的力の前に惨敗する瞬間。これがひたすら面白い。
秘密の扉はそっと閉じろ
この『ジェーン・ドウの解剖』という珍しいモルグホラーの面白さは、自らの知性によって謎や秘密を解き明かせると信じていた現代人が、人知を超えた力の前に屈服する負け犬感にこそあると思うのです。ひたすらクールでカッコよかったからこそ、その後の惨敗が愛おしい。
疑似的なリアリティを突き詰めたうえで一気にオカルティックな恐怖へと振りきれる構成の素晴らしさは、さすがはモキュメンタリーの傑作『トロール・ハンター』のアンドレ・ウーヴレダル。映画的な嘘を際立たせるためにはもっともらしい真実味が大事だということをちゃんと理解してらっしゃる。
古いしきたりとして死体の足につけられたチリンチリンが、理屈や知性を突き破って今そこに鳴り響くチリンチリンとして現出する演出なんて最高ですよね。加えてカーブミラー、骨董品的エレベーター、電気虫取り器、ラジカセなども、もっともらしさに大きく貢献しており、そのリアリティが一気に瓦解する映画的はったりがたまらんのです。
トミーとオースティンの親子が知性をもってジェーン・ドウに秘められた謎へと迫り、いちおうは解答らしき「セイラムの魔女裁判」へと行き着くものの、それがなんらの解決にも結びつかず、願いは聞き届けられず、彼女の真意を測りかねるまま、奈落の底へと叩き落されるクライマックスもその象徴ですよね。
誰もが秘密を抱えている。それは明かすべきなのか?明かせられるのか?知的好奇心のもとにその秘密の扉へとメスを突き刺す行為は人間性の必然でもありますが、その結果としてさらに深い闇へと叩き落される全部無駄骨もまた必然であり、ボクは大好きです。
詰まるところ他人の秘密、深層、動機、心の闇なんてもんは想像するだけでその真理には永遠にたどり着けんのだ。「動機は関係ない」と言っていたのに、いつしかそれに囚われ出したかの親子の末路は知ろうとしすぎた人間への天罰なのかもしれない。
美しすぎる死体ジェーン・ドウ
それでもその秘密を暴き出したくなる魔性の魅力を誇る宇宙一美しい死体ジェーン・ドウ。なんやかんやとタワゴトを書き連ねてまいりましたが、行き着く先はやはりジェーン・ドウ。すっぽんぽんで蠱惑的なすきっ歯と惜しげもなく内臓をさらす彼女の美しさにあるでしょう。
そんな美しい死体は切り刻まれ、内臓を取り出され、皮を剥がれてもなお美しい。その過程のクールなカッコよさは前述したとおりですが、その根幹を支えるのは彼女の冷たい氷のような美しさあってこそ。彼女の胴体に入れられるY字切り込みの滑るような流れるような美しさ。
かつてここまで人体を傷つける行為をある種の美として描き出した映画があっただろうか?死体がベッドに転がり、それを解剖していくだけでこんなに面白い映画があっただろうか?そんな映画を成立させたのがジェーン・ドウ、もといオルウェン・ケリーの魅力。
彼女が全裸のすきっ歯で微動だにせずに身体の内の内まで覗かれるスケベ根性だけでも映画として成立してしまう奇跡。しかも最後まで自らは動き出さずに見事に地獄を現出せしめてみせた奥ゆかしさも奇跡。凡百の監督だったらきっと最後に動かして墓穴を掘ったことでしょう。
結局彼女の謎、真意は最後まで解き明かされないというのも大正解。先天的であれ後天的であれ彼女が魔女だということは確かですが、行く先々で人を操り、惨殺して回っている真意はわからずじまい。復讐?遊戯?復活?たぶん、このすべてなのでしょうね。
今回の事件を通して彼女の復活はかなり進んだとみえ、あの謎めいたラストシーンはその結果なのだと思います。彼女の力の及ぶ範囲はさらに広がり、この先も復讐を続け、遊戯へとふけり、そしていつしか現世に復活を果たす。チリンチリン♪
個人的評価:7/10点
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