雪の高級リゾート地で暴き出される我々の正体。誰だ笑っているのは?笑ってられるのかお前?押しつけられた「らしさ」の裏側にある「人間らしさ」。我ら皆、同じ穴のムジナよ。
作品情報
『フレンチアルプスで起きたこと』
Force Majeure/Turist
- 2014年/スウェーデン、デンマーク、フランス、ノルウェー/118分
- 監督・脚本:リューベン・オストルンド
- 撮影:フレドリック・ウェンツェル
- 音楽:オラ・フロットゥム
- 出演:ヨハネス・バー・クンケ/リサ・ロブン・コングスリ/クララ・ヴェッテルグレン/ヴィンセント・ヴェッテルグレン
予告編動画
解説
とにかく情けないヘタレ親父が最後に一服タバコをふかすシニカルコメディです。
2014年のカンヌ国際映画祭での好評を皮切りに、各国の映画祭や映画賞の台風の目となった模様。監督と脚本は当時世界的にはほとんど無名だった『ザ・スクエア 思いやりの聖域』のリューベン・オストルンド。出演陣もスウェーデンの俳優なので誰ひとり知りません。
あらすじ
フレンチアルプスの高級リゾートへとバカンスにやって来たスウェーデン人一家。仕事人間の夫トマス(ヨハネス・バー・クンケ)は、ここぞとばかりに家族サービスへと勤しんでいた。
しかし、バカンス2日目に事件が起こる。テラスレストランで昼食をとっていた家族の身を、スキー場が起こした人工の雪崩が襲ったのだ!幸いなことに大事には至らなかったが、なんと夫トマスは家族を置き去りにして自分ひとりだけで逃亡!
なんとかその場を取り繕うトマスだったが、妻エバ(リサ・ロブン・コングスリ)はおろか、幼い子供たちからも冷ややかな視線を送られる始末。それ以来、楽しかったはずのバカンスは一変し、家族のあいだを不穏な空気が漂い始めるのであった……。
感想と評価/ネタバレ有
参考にさせていただいている映画好きの皆さまが、Twitterやブログで発表していた2015年の年間映画ベストテンにけっこうな確率でランクインしていた本作。何やら気になっていたのでさっそくレンタルしてみました。
結果は大当たりでしたね!すでに手遅れではありますが、ボクのベストテンでもランクイン確実であります!だって、こんなに底意地の悪い映画は久々に観ましたよ!
映像と音のサスペンス
「底意地の悪い映画」と書きましたが、実は表面的にはたいしたことは起こっておりません。いやむしろ、何も起こっていないときのほうがこの映画は恐ろしいかもしれない。何が恐ろしいって、それは映像と音ですよ。
基本、長回しで撮られた映像。美しいのにすべてを突き放すようなフレンチアルプス。滑車がワイヤーを通過する音。スキー場が定期的に行っている人工的に雪崩を起こすための爆発音。そして執拗に流れるヴィヴァルディの『四季』から「夏」!
もう何も起こっていないのに起こる気配がビンビン!こういう演出も本当に底意地が悪い。幸せな団欒や、楽しげな光景や、美しい風景や、何もない時間だったりするのに、それをそう感じさせないビリビリの緊張感。ほとんどホラーですがなこりゃ。
男らしくない男
そしてついにやって来た事件の時。家族を忘れて我がの生存本能だけで行動してしまったあまりにリアルな小市民像。卑小な自分自身をかえりみれば、誰がこの男を非難できましょうか?そうそう理想的なる男性像、英雄的行動を実践できる男なんていやしませんよ。
しかしこの厳格すぎる嫁はそれを許してはくれなかったのです。確かに無様ですよ。カッコ悪いですよ。情けなくて目も当てられないですよ。だからといって、彼のとった行動はここまで非難されるものなのでしょうか?
嫁のみならず、ふたりの子供たちからまで冷ややかな視線を送られる夫の姿。針のむしろですわ。理想的ではない夫、頼りがいのない父親という真実の姿を白日のもとにさらされてしまった彼の悲劇には、同じ男として同情と嘲笑を禁じえません。基本的には自業自得ですからな。
追いつめられた男
しかし前述しましたとおり、ここまで責められるようなことではありません。なのに嫁は許してくれない。見逃してくれない。しかもその情けない事実を赤の他人にまで吹聴する始末。
早い段階で夫がすべてを認めて謝罪していたらここまで事態がこじれることはなかったかもしれません。しかし男には実にしょうもないプライドというものが股のあいだにぶら下がっておるのです。
男は男らしくあれ。押しつけられた虚像をかたくなに守ろうとする彼のむなしい努力を許してやれよと思いますが、とにかくこの嫁は強固な意志のもとに夫の嘘を暴き立てて吊し上げようとするのです。これはもうほとんど狂気です!
執拗に追いつめられた男はどうなるか?これを続けた場合、最悪の結果も想定しなくてはなりません。それをこの嫁はまったく考えておらんのですよね。極限まで追いつめられた彼がどのようになったのか?それは観てのお楽しみ。
ネタバレ全開ラストの解釈
ここからはネタバレ全開でラストの私的解釈を述べさせていただきますので、未見の方はどうぞこの先は読まないように。
嫁の執拗な攻撃から幼児退行し、もはや男らしさなどとは程遠いヘタレっぷりをさらけ出した夫の醜態と、そんな夫に覆いかぶさって家族の愛などというものを無理から再確認しようとする姿は、ホントにタチの悪いブラックジョーク以外の何ものでもありません。
しかも今回の事件とこの醜態によって父親としての威厳を完全に失った彼のために、やらせの遭難事件まで演出するくだりにはもはや苦笑いしか出てきませんでしたね。ホントに意地の悪い映画だこれは。
しかしこの映画の底意地の悪さはここで終わりではない。いや、むしろここからが真骨頂!ここまでは男らしくない夫の情けなさをひたすら暴き立てて笑いものにしていた矛先が、最後にとうとう嫁のほうを向くのである!
このラストシーンは少々わかりにくい描かれ方をしていたので気がつかなかった人もおられるかもしれませんが、皆さんどうぞ思い出してみてください。暴走バスから直情的に「止めろ!降りる!」と言ったあとの嫁の行動を。
母親を呼ぶ子供の声を無視して、自分ひとりでさっさとバスを降りる嫁。何事もなく普通に曲がり道を下っていくいくバスを見つめながら、「でも本当に危なかったわよね」などとうそぶく姿。大事な子供を他人に抱っこさせる無責任ぶり。
いや~そう来たか!嫁の描き方にもなんか一癖あるなと思っていたらそういうことか!夫に対して完璧な男性像、父親像をゴリ押ししていたこの嫁も同じ穴のムジナだったわけである!つまりこの映画は、男の情けなさと女の醜さを同列に描いた非常に平等な映画だったわけです。
『ゴーン・ガール』なんかと比較されて語られている意味がようやくわかりました。映画としての完成度、面白さでは及びませんが、意地悪さ、リアルさ、身につまされる度合いは非常に身近なぶんこちらのほうが強烈だったかもしれませんね。
この醜い嫁の気迫に押されてバスを降りてしまい、トボトボ峠を歩く集団。皆一様に「なんだかな~」って顔をして仕方なく歩いている姿がたまりません。そんな空気を微妙に感じとった嫁のどこか悔しげな表情。
そして!普段は吸わないであろうタバコを颯爽とふかしながら、集団の真ん中を何やら誇らしげに、勝ち誇ったように歩く夫の雄姿!こいつ最後の最後までちっちぇ~!
個人的評価:7/10点
DVD&Blu-ray
VOD・動画配信
『フレンチアルプスで起きたこと』が観られる動画配信サービスはNetflix、、
コメント
こんにちは♪
ラストの解釈にはバスのシーンは、あれは嫁の勝手を描いたシーンなんだろうなと思いつつも記事に墓かなかったのですが、
やはりスパイクロッドさんも気づかれましたか。
どっちもどっち、なんですね。
そして煙草を吸いながら中心人物のように歩き続ける父親の勝ち誇ったような姿は、やはり、小さな男のプライドを顕しているのでしょうか。
あのシーンでの一同が一致団結しているようにみえたのも、
結局のところ人間の本質は男女変わらないということなのかもしれません
makiさんコメントありがとうございます!
ボクは思ったことは基本的になんでも書いてしまうタイプの人間ですので、問答無用にネタバレしていることがしばしばあります。まあそのためにネタバレのあるなしを明記するようになったのですけど。なしと書いておきながらたまにネタバレしているのはご愛嬌ということで(笑)。
あのラストの解釈はいかようにも取れる描き方をしておりますので、ボクやmakiさんのように感じた方もおられるでしょうし、まったく反対のことを受け取った方もおられるでしょう。でもなぜあんなラストシーンが必要だったのかを考えれば、おのずと答えは出るような気がいたします。やっぱりみんな同じ穴のムジナなのですよ。