殺された家族の無念を晴らすために立ち上がった90歳のナチハンター。ついに追いつめた憎っくきあいつ。忘れたなんて言わせねえ!忘れさせてやるわけがねえ!
作品情報
『手紙は憶えている』
Remember
- 2015年/カナダ、ドイツ/95分/PG12
- 監督:アトム・エゴヤン
- 脚本:ベンジャミン・オーガスト
- 撮影:ポール・サロシー
- 音楽:マイケル・ダナ
- 出演:クリストファー・プラマー/マーティン・ランドー/ブルーノ・ガンツ/ユルゲン・プロホノフ/ディーン・ノリス/ハインツ・リーフェン
予告編動画
解説
失礼ながら頭も体もおぼつかない90歳のおじいちゃんが、命の残り火を燃やしながら憎っくきナチスを追いつめていくという衝撃のサスペンスドラマです。
監督は『白い沈黙』で批評家たちから袋叩きに遭っていたアトム・エゴヤン。主演は御年86歳となる『ゲティ家の身代金』のクリストファー・プラマー。共演に85歳のマーティン・ランドー、75歳のブルーノ・ガンツとユルゲン・プロホノフという、おじいちゃん好きにはたまらないラインナップであります。
あらすじ
今年90歳になるゼヴ(クリストファー・プラマー)は、目覚めると前日の記憶をすべて忘れてしまうほどの認知症で、今では最愛の妻の死すら覚えていないほど。そんなゼヴに友人のマックス(マーティン・ランドー)からある手紙と想い、そして計画が託される。
実はふたりはアウシュヴィッツの生存者で、ともにナチスによって大切な家族を殺されていたのだ。そして当時のブロック長が身分を偽ってアメリカへと渡り、“ルディ・コランダー”という偽名で今もなお生き長らえている事実を突き止めたのだった。
体が不自由なマックスに代わり、復讐の旅へと出ることを決意したゼヴ。手紙には4人にまで絞られたルディ・コランダーの居場所と、詳細な復讐計画が記されていた。この手紙と微かな記憶を頼りに、90歳の老人による過酷なナチス狩りの旅が始まるのだった……。
感想と評価/ネタバレ多少
前回アップした『ザ・ギフト』とハシゴ鑑賞した『手紙は憶えている』。くしくも両作とも記憶をテーマとした復讐劇で、加害者はその事実を忘れてしまったとしても、被害者は生涯忘れることはないという、積年の恨みを果たすリベンジ映画でありました。
ともに良作で、衝撃の結末も共通しているのですけど、個人的な好みで言いますとこの『手紙は憶えている』のほうがどストライクでありましたね。なんたって出ている俳優のほとんどが後期高齢者のおじいちゃん映画であるという点が素晴らしい!
しかもおじいちゃんである必然性と、おじいちゃんゆえの緊張感がちゃんと備わっている点が重ねて素晴らしい!『ザ・ギフト』同様ネタバレしては身も蓋もない映画ですので、極力ネタバレ抜きでこの感想を書いてみたいと思いますが、天然でやらかしちゃってたらゴメンね。
おじいちゃんアクション
記憶をなくした殺し屋映画といえば、先日新作が公開された『ジェイソン・ボーン』シリーズが最も有名でしょう。記憶障害を扱ったサスペンス、アクションとしては、『メメント』や『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』なんて作品もありましたよね。
この『手紙は憶えている』もその系譜といえば系譜なのですが、本作の殺し屋はなんと90歳のおじいちゃん!もちろん派手なアクションなんてさせたら命の危険が付きまといますし、おまけに重度の認知症をわずらっているので前日の記憶すらおぼつかない始末。
「そんな映画が面白いのか?」といぶかっているあなた、これがすこぶる面白いのですよ。むしろ主人公がそんなおじいちゃんだからこそこの映画は面白い。なぜなら、おじいちゃんであるがゆえのハラハラドキドキ緊張感が半端ではないから。いや~もう手に汗握る。
目覚めるたびにすでに亡き妻の名を呼び、自分がどこにいるかもわからず、しばらくはもそもそと徘徊、手は震え、歩くのも遅く、若者の言葉は速すぎて理解不能、服を買おうにも商品が多すぎて立ち往生、挙句の果てには肝心な局面で失禁してしまうという醜態までさらす。
つまりは何をするにも、「大丈夫かおじいちゃん!?」というハラハラドキドキが止まらないということ。極論してしまうと、ゼヴがただ歩くだけでこの映画はアクションとして成立しているということ。飛んだり跳ねたり走り回らなくても、アクションは成立するという事実。
要は運動に対する緊張感が備わっていればよいのです。そういう意味ではこの映画はサスペンスであると同時にアクションでもある。中盤で実際に演じられたアクションシーンでも、動作の緩慢さは問題ではなく、重要なのは緊張感であるということが如実に示されておりました。
おじいちゃんたちの記憶
ハラハラドキドキが止まらないおじいちゃんアクション映画であると同時に、忘れていく鈍感さと、絶対に忘れさせてはいけない決意を感じさせるおじいちゃんサスペンス映画であった本作。忘れていく幸福と忘れられない不幸。それはつまりアウシュヴィッツの記憶。
参考 アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所 – Wikipedia
この映画が優れている点は、ナチスによるホロコーストという歴史を、アウシュヴィッツという悲劇を、回想すら交えることなく現代の問題として描いていたところ。ゆえにあの悲劇を通過して現在へと至る、おじいちゃんたちが主人公であるのは必然なのです。
憎っくきルディ・コランダー(本名オットー・ワリッシュ)を探し出すゼヴの旅は、失われた過去の記憶をたどる旅でもあります。あの戦争を、ユダヤ人や同性愛者が迫害、虐殺された悲劇を、警報を、爆発音を、クリスタル・ナハト(水晶の夜)を、闘いを、ワグナーを思い出すための旅なのです。
忘れちゃいけない記憶。いや、忘れさせてはいけない記憶。それを取り戻させるためのゼヴの最後の旅路。ここで浮き彫りになるのは、忘れられない被害者と忘れてしまえる加害者との絶対的な溝。それを埋めるために課せられた復讐の旅でもあったのです。
同時にそれは、風化していく歴史、記憶をなんとか現代へと突きつけるための爆弾でもありました。戦後70年。かの大戦と悲劇を体験した人間も少なくなっていくなか放たれた、真実を忘れさせないための爆弾。まだ戦争は終わってはいない。ナチスはまだ死んじゃいない。
とっくに終わらせていた加害者と、いつまでも終わらない被害者。ゼヴは探し求めていた憎っくき相手、オットー・ワリッシュとついに対峙したとき、その重たい真実を突きつけられるのです。忘れたかった記憶を、忘れさせてはくれなかった真実を……。
おじいちゃんの衝撃の結末
ネタバレを固く禁じておきながら、ついつい調子に乗って筆を滑らせてしまった気がしないでもない今回の感想。もしかしたら勘のいい人はすぐオチに気づいてしまうやもしれませんね。でも安心してください。ボクも途中で気づきながらこの映画を観ておりましたから。
同日ハシゴ鑑賞をしてきた『ザ・ギフト』とこの『手紙は憶えている』。何かと共通点の多いこの両作は、ともに「衝撃の結末!」をうたっておりましたが、どちらとも中盤で先が読めてしまった。それでも2作品とも十二分に面白く、衝撃的な結末でありましたから!
そりゃ予想のはるか上をいくオチのほうが良いに決まってますが、読めたとしてもこのショッキングな後味の悪さは揺るぎない事実。とりわけ本作のやりきれなさは、時間が解決してくれるなんてまやかしを蹴散らす、事実と歴史と記憶の重みを叩きつけられました。
さらには仮に先が読めてしまったとしても、このおじいちゃん映画のハラハラ感、せつなさ、かわいらしさ、そしてカッコよさは絶対に一見の価値あり!昨日のことすら覚えていられない重度の認知症患者にこんな旅ができるのか?なんてもっともな突っ込みは置いといてね。
とりわけ、恐怖のあまり失禁しながら拳銃をぶっ放すゼヴの雄姿をぜひともご覧いただきたい!そしてラストで彼に突きつけられる衝撃の事実に打ちひしがれていただきたい!
個人的評価:7/10点
DVD&Blu-ray
VOD・動画配信
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コメント
結末が気になって検索したら…
いやぁ、見ごたえのある作品ですね!
(経済的にキツイので、またまた見れないです。
もっと早く知っているれば、「予算(笑)」を組んだのですが…)
今年で戦後71年になりますが、あの時残した傷は人類が終焉を
迎えて癒える気がしました。
ダムダム人さん、コメントありがとうございます!
『手紙は憶えている』というタイトル、ポスターを見るかぎり、おじいちゃんを主役にしたハートフルドラマかな?と思っていたので、ボクも当初は観る予定はなかったのです。しかしふとあらすじを読んでみたらこれがすこぶる面白そうではないですか!というわけで慌てて『ザ・ギフト』との2本立てで観てきたのですけど、大正解でしたね!見ごたえのある作品でした。愚かな人間が起こした戦争による傷痕は、やはり我々人類が存在するかぎり消えることはなく、むしろ増えていくのかもしれませんね……。