パンパンに膨らんだお腹を抱える妊婦を襲う、真っ黒い女の手に光るハサミの研ぎ具合。彼女はこの日のために大事なハサミを日夜研ぎ続けてきたのだ。じ~こ、じ~こ、じ~こっこと。
作品情報
『屋敷女』
- 原題:À l’intérieur/Inside
- 製作:2007年/フランス/83分/R-18
- 監督:アレクサンドル・バスティロ/ジュリアン・モーリー
- 脚本:アレクサンドル・バスティロ
- 撮影:ローラン・バレ
- 音楽:フランソワ・ウード
- 出演:アリソン・パラディ/ベアトリス・ダル/ナタリー・ルーセル/フランソワ=レジス・マルシャソン
解説
クリスマス・イヴの夜を舞台に、自動車事故で夫を亡くした妊婦の自宅に侵入してきた謎の女による恐怖と惨劇の一夜を描いたトラウマ級のフレンチホラーです。
監督はフランスの新鋭アレクサンドル・バスティロ&ジュリアン・モーリーによる共同監督で、どうやらこの『屋敷女』が長編デビュー作の模様。主演はヴァネッサ・パラディの妹アリソンと、『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』のベアトリス・ダル。
レイティングは成人指定のR-18で、レンタル版は残虐描写にどでかいボカシが入った修正版、セルDVDのアンレイテッド版ならすべて丸見えの無修正版となっておりますので、そこはまあお好みでどうぞ。
感想と評価/ネタバレ有
実は未見であった『屋敷女』。監督コンビの新作『レザーフェイス-悪魔のいけにえ』と、本作のリメイクである『インサイド』が公開されるということで、「こりゃまあいい機会だわ」っちゅうことでレンタル鑑賞してみましたが、……ああっ!うぅ…なんか、お腹いてえっ!
鑑賞中ずーーっと下腹部を鈍い痛みが襲ういや~な緊張状態が続き、上映時間83分という短さだというのにどっと疲れました。こりゃトラウマ級のいたたたバイオレンスだという評判も納得の破壊力だわ。お腹いてーしどっと疲れたけどめちゃ好きよ!大好きよ♡
ポランスキー…か?
4か月前に夫を自動車事故で亡くした妊婦のサラ。出産予定日を翌日に控えたクリスマス・イヴの夜、彼女の自宅に見知らぬ女が電話を貸してほしいと訪ねてくる。不穏な空気を感じ取ったサラは警察に通報するが、時すでに遅しだった……ってのが簡単なあらすじ。
愛する夫を亡くし、心に深い傷を負い、出産を間近に控えてパンパンに膨らんだ腹部を抱え、なかば人生をあきらめたかのように見える女性と、そんな彼女のもとに現れた正体不明の黒ずくめハサミ女。すでにオナカイターイですが、実はこの映画そうとう出だしは鈍いのです。
事故後のサラを追ったけだるく不穏な導入部。彼女を気遣う母親や上司を邪険にあしらう姿からうかがえるのは、すでに死んだようなサラの心でしょう。加えて出産に対する不安と恐怖。それは彼女が見た口からエイリアン的悪夢が象徴しておりましょうな。
このあたりでボクがいだいた印象はポランスキーの『反撥』と『ローズマリーの赤ちゃん』です。夫を亡くした喪失感と出産への不安からいびつな妄想へと取り込まれていくマタニティブルー。ハサミ女とはもうひとりのサラであり、妄想ではないのか?と。
ド直球K点越え
サラに事情を聴く警官の後方をさも当然のように歩いている女の姿を見て、「あ、やっぱりそっち系なのかな?」と思ったら、全然見当違いでした。目も覚めるようなド直球でした。眠るサラのパンパンに膨らんだ腹のヘソへとハサミの切っ先を突き立てる女のやる気満々。
風船のように膨らんで破裂寸前の腹部と鋭利なハサミとの夢のコラボレーション。この取り合わせによるよからぬ想像だけで我々の心拍数はK点越えなのですが、この映画は想像だけでイカせてくれるような生易しいもんではない。容赦なく理不尽に突っ立ててくるのです!
ハリウッド的なスピード演出ではなく、どこかもたついた展開、動きなのも逆に恐ろしく、主な使用武器が前述したハサミとセーターなどを編むときに使う棒針(編み棒)だというのも趣味が良いのか悪いのか。
ズバッと爽快にいくわけではなく、ジョキジョキグリグリその痛みを執拗に見せつけてくる悪趣味さ、それと連動しためくるめく人体破壊のオンパレードによる血と肉と臓物のてんこ盛りに、ボクのような草食男子は胸を焼かれ胃がもたれ下腹部の鈍痛にもだえ苦しむのです。
殺られる前に殺れ!
限定された「家」を舞台に、本来は手厚く守られるべき妊婦さんが怒涛の責め苦に遭うという超絶不謹慎映画『屋敷女』。サラにとっての救いの神となったかもしれない偶然の訪問者、上司に母親に警官が見事なまでに役立たずなのはまあこの手の映画のお約束ですな。
彼らはみな鮮烈なる死にざまを我々に披露するためにこの家を訪れたわけですから。そういう意味では「アッパレ!」と言うしかない。膝の裏なんてピンポイントを攻められたり、頸動脈からピューと血の噴水をあげてみたり、頭部を盛大に破裂されてみたり、ホントもう「アッパレ!」としか言いようがありません。
自身も反撃による深手を負いながら、なんの躊躇もなく殺して殺して殺しまくるキチガイ女の目的とはいったいなんなのでしょうか?これに関しては妄想系が消えた時点で答えはひとつ。女は冒頭でサラが事故った相手であり、しかもこのときサラと同じく妊娠していた!
事故の影響により流産してしまった女は、子供が欲しくて欲しくて辛抱たまらずサラの腹をかっさばいて頂戴してやろうと目論んだわけですな。サラによって奪われた大事なものを取り返しに来たと。自分が犯した罪の代償を払えと。お前は死ね。子供は寄越せと。
どうやら当初から少々おつむのほうがイカれ気味だった女は、恋い焦がれた我が子を奪われたショックでさらなる狂気の高みへと登り詰めたようですね。高く高く登り詰めた道理の通じない相手。そんな相手の暴力には暴力で対抗するしかない。殺られる前に殺る!
ジョギリジョギリ
とばかりに繰り広げられる女同士の「殺られてたまるか!」「何をしてでも子供は頂く!」という焦点の異なるガチンコバトル。我がの生存をかけた窮鼠猫を噛む、サラの反撃開始に血が沸き肉が踊り、死んだはずの刑事もゾンビ化してよみがえるほどの祭りじゃ!祭りじゃ!
ゾンビ化したついでに陣痛の始まったサラの腹をおもいっきしぶん殴る刑事さんのお祭り騒ぎは、もはやリアリティラインなんぞ知らぬ存ぜぬの「好きなことを好きにやらせてくれよ!」宣言。『オーメン』も、妄想系も、人体破壊も、ゾンビもみ~んなみんな大好きなんだよ!
おそらくは監督の好きなことを全部まとめて鍋へとぶち込んだ本作のハイライトは、良識ある全世界に向けて放たれた悪意のかたまり、この映画で大活躍を披露したハサミさんによるジョギリジョギリな強制帝王切開ベイビーゲットだぜい!であることは総意でしょう。
根性ヘタレなわたくしはレンタルDVDによって鑑賞したので、肝心な部分はでっかいボカシによって巧妙に隠されておりましたが、それでも我がの腹まで痛くなる人の執着と執念にメンタルを激しくやられてしまいました。ジョギリジョギリと長いんだわまたこれが。
セルDVDのアンレイテッド版ならこちらのシーンを無修正で拝めるらしいですが、ホラー映画好きのくせにグロ耐性ヘナチョコのボクはもう十分お腹いっぱいですので勘弁してください。まだまだもりもり肉喰うぜ!という豪傑肉食獣は購入を検討してみてはいかがかな?
サラの反撃によって顔を醜く焼かれながらも、とどめの腹ジョギリによって念願の赤ん坊を手に入れ、愛おしそうに抱きかかえながら椅子に座る女。なんとも救いのないバッド……いや、なんか違うなぁ……ってまさか!これって……もしかして………ハッピーエンド?
完全無欠のハッピーエンド
そう思った理由はいくつかあるのですが、主人公であるはずのサラを肯定的に描いていないというのがまず第一点でしょうね。事故と夫を失った後遺症とも考えられますが、彼女を心配している母親や上司への冷たい態度、そして何よりお腹の赤ちゃんへの無関心。
出産が翌日に迫っているのにまだ名前すら決まってないってんだから。しかも陣痛からのゲロゲロ口からエイリアンベイビー誕生!なんて出産に対する恐怖と不安の象徴ですし、決定的だったのは女の目的が判明したときに自分の腹部へと編み棒を突き刺す動作をしたこと。
自分が助かるために子供の命を盾にしたわけですな。自分の命は犠牲にしてでも子供を守るのが母心というもの。サラにはそんな気持ちはさらさらなかったのだ。だってこの子を愛してないから!私が愛していたのは夫あってのこの子!彼が死んだとき私の心も死んだの!
対して謎の女の求めるものはただひとつ。「私の赤ちゃん」ただこの一点のみです。ただそれだけを欲し、我が身を顧みず、他者を切り刻み、一心不乱に「私の赤ちゃん」へと驀進していく一途なまでに狂った愛。狂気の愛。しかし愛。これもまた愛のひとつのかたち。
他者に守られ、愛される存在であるべき赤ん坊にとって、どちらの母親が幸福だったのか?キチガイホラー映画ですので究極の二択すぎてあれですが、つまりはこういうこと。愛を求める赤ちゃんが収まるべきところに収まるまでの映画、それが『屋敷女』。
つまりは完全無欠のハッピーエンド!誰よりも強烈な愛を放つ者の元へと、何よりも愛を必要とする存在がようやくたどり着いたわけだから!これをハッピーと言わずしてなんと言う!異論は認めん!『屋敷女』とはハッピーハッピーな映画だったのじゃ!(え?狂ってる?)
個人的評価:8/10点
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