ハンガリーに現れた空飛ぶスーパー難民。彼の奇跡を目撃した人々の視線が、やがてハンガリーを、ヨーロッパを、世界をゆるやかに回転させていくかもしれない希望……。
作品情報
『ジュピターズ・ムーン』
Jupiter holdja/Jupiter’s Moon
- 2017年/ハンガリー、ドイツ/128分/PG12
- 監督:コルネル・ムンドルッツォ
- 脚本:コルネル・ムンドルッツォ/カタ・ヴェーベル
- 撮影:マルツェル・レーヴ
- 音楽:ジェド・カーゼル
- 出演:メラーブ・ニニッゼ/ジョンボル・イェゲル/ギェルギ・ツセルハルミ/モーニカ・バルシャイ
参考 Jupiter holdja (2017) – IMDb
予告編動画
解説
シリアからの難民が押し寄せるハンガリーを舞台に、空中を浮遊する能力を手にした難民の少年と、医療ミスによってすべてを失った医師との逃避行の行方を描いたSFドラマです。
監督は『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』のコルネル・ムンドルッツォ。ファンタジー系の映画祭、シッチェス・カタロニア国際映画祭2017で作品賞と視覚効果賞を受賞。
主演は『名もなきアフリカの地で』のメラーブ・ニニッゼとほぼ新人に等しいジョンボル・イェゲル。共演には『メフィスト』のギェルギ・ツセルハルミ、『リザとキツネと恋する死者たち』のモーニカ・バルシャイなど。
感想と評価/ネタバレ有
やや説教臭さは鼻につくものの、世界の終わりを感じさせる街中で少女と犬が疾走するSF的画力には目を見張るものがあった『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』。あの監督が今度はよりSFへと寄った現代的寓話を撮ったということで、公開初日に観てまいりました。
『ホワイト・ゴッド』同様に説教臭さ、そして宗教臭さがやはり鼻をツーンと刺激はするものの、映画監督としてのスキルアップを如実に感じさせる野心作、意欲作に仕上がっており、これなら遅刻ギリギリでなんとか滑り込みセーフ鑑賞した甲斐があったってもんです。
ただならぬ幕開け
シリアからハンガリーへと父親とともに密入国した少年アリアン。しかし運悪く国境警備隊に見つかり、父親とはぐれたところを警備隊の隊長によって狙撃されてしまう。ところが彼の傷は自然治癒し、これを契機として重力を操り、空中を浮遊する能力まで手に入れていた。
そんな彼と難民キャンプで出会った医師のシュテルン。医療ミスによる訴訟問題を抱えている彼には金が必要で、アリアンの力を利用することを思いつくが、アリアンを狙撃したラズロにとって彼は邪魔な存在で、テロリストとしてふたりの行方を追い始めるのだった……。
冒頭、暗い車内にニワトリとともに押し込められたシリア難民たちの顔を映し出していく映像だけで、すでにただならぬ緊張感を醸し出している本作『ジュピターズ・ムーン』。ハンガリーへの密入国を図る彼らの顔は皆一様に暗く、神妙で、不安に翳っております。
祖国を捨て、わずかな希望を求めて決死の思いで国境を越えようとする難民たち。しかし世界はけっして寛容ではありません。国境警備隊に見つかり、散り散りになって逃げ惑う彼らの狂騒を映し出した映像がこれまたただならぬ迫力で、まるで我々観客もその場にいるようです。
無暗にカットを割らない演出はハンガリーの巨匠タル・ベーラからの影響が感じられますし、アリアンに張りついたカメラは同じくハンガリー映画の傑作『サウルの息子』のよう。横移動の長回しで森のなかを疾走するアリアンをとらえたカメラなんて思わず呼吸が止まりそう。
そんなアリアンの疾走の足が止まるとき、運命の銃弾が彼の胴体を貫通するのです。崩れ落ちる彼の肉体。しかしその血はまだ死んでいない。静かに浮かび上がる彼の血。そして誰も知らないところで現出する奇跡。宙を舞うように厳かに飛翔していくアリアンの肉体。
奇跡の目撃
おそらくCGは使用していないであろう、手作り空中浮遊シーンの絶妙なぎこちなさがリアルさ満点で、ハリウッド大作では味わえない旨味がここには凝縮されております。速けりゃいいってもんではございません。まるでタルコフスキーの『惑星ソラリス』を観ているようだ。
この緩慢さ、ぎこちなさ、ヘンテコダンス感こそが神々しさを生み出すもとであり、それはすなわち奇跡そのもの。最初、その奇跡を目撃する者は誰もいないというのもまた必然であり、それが徐々に広がり、最後には街行く人々が空を見上げる視線にこそ意味があるのです。
最初にアリアンの奇跡を目撃した男、シュテルン。自身の医療ミスにより若きアスリートの未来を奪い、訴訟を起こされ、職場を追われ、すべてを失い、信仰を失った利己的な男。まず彼がこの奇跡を目撃するというのもまた必然なのでしょう。奇跡を信じない男が目撃する奇跡。
世界の現実、自分自身に覆いかぶさる重たい現実に押しつぶされていた現実主義者の彼が、奇跡を体現する少年との出会いによって変わっていく未来。ひとりの男が変わることによって、ハンガリーが、ヨーロッパが、世界が変わることに願いを込めた映画なのだと思います。
説教臭さが玉に瑕
突然スーパーパワーを手にした難民の少年と、彼との出会いによって変わっていく医師の姿を通して、現代のヨーロッパが抱える難民、テロリズム、そして信仰の問題を描いた現代的寓話『ジュピターズ・ムーン』。好きな映画ではありますがやはり少々説教臭いのが玉に瑕。
膨大な数の難民流入によるヨーロッパ各国の右傾化、ポピュリズム化に対する危機感、警鐘が根底にあるのは明らかですが、それを宗教的な奇跡、赦しによって融和化していく希望とするのはややセンチメンタルすぎるような。まあだからこその現代的寓話だとも思いますが。
主人公シュテルンがアリアンによって赦しを与えられるシーンは、あまりに聖書的なイコンを模しすぎており、感動的ないいシーンだと思う反面、あからさまな宗教的説教臭さがいささか鼻につくのも事実。この監督って前作もそうだけどこういうバランス感覚が危ういのよね。
まあ『ホワイト・ゴッド』よりその点はかなり改善されており、一本の映画としての完成度は格段にレベルアップしていると思うのですが、テーマやメッセージが先行しすぎると物語としての粗がより目立ってくるのも必然で、けっこう雑なところも目につきます。
しかしながらそういう臭さや雑さも含めたうえで、これはいま観るべき現代的寓話だと評価でき、マイナー映画好きといたしましては是非とも皆さまに推しておきたい。PG12指定ですがグロのほうではなく、熟女の裸体に思わず萌える程度ですので皆さまご安心あれ。
ところでタイトルの『Jupiter’s Moon(ジュピターズ・ムーン)』とは「木星の衛星」という意味で、ガリレオによって発見されたそのうちのひとつは「Europa(エウロパ)」と呼ばれ、つまりはヨーロッパのことなわけですね。でもさぁ、これもなんか説教臭くありません?
個人的評価:6/10点
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