明確な悪党ヒエラルキーのもとに成立している暗黒都市。より強い者が、より悪い者が頂点へと君臨するアシュラピラミッド。この世界に半端者はいらねえ。覚悟のない奴に存在価値などない。しかしおいらだって生きてるんだぜ。貴様らに小悪党の矜持ってやつを見せてやるぜ!
作品情報
『アシュラ』
아수라/Asura: The City of Madness
- 2016年/韓国/133分/R15+
- 監督・脚本:キム・ソンス
- 撮影:イ・モゲ
- 音楽:イ・ジェジン
- 出演:チョン・ウソン/ファン・ジョンミン/チュ・ジフン/クァク・ドウォン/チョン・マンシク
予告編動画
解説
架空の暗黒都市アンナムを舞台に、悪徳市長の犬として生きる汚職刑事が検察から弱みを握られ、市長と検察の板挟みのなかで最後の抵抗を試みる姿を描いた韓国ノワールです。
監督は『FLU 運命の36時間』のキム・ソンス。主演は『鋼鉄の雨』のチョン・ウソン。共演に『新しき世界』のファン・ジョンミン、『背徳の王宮』のチュ・ジフン、『ザ・メイヤー 特別市民』のクァク・ドウォン、『息もできない』のチョン・マンシクなど。
感想と評価/ネタバレ有
「人間が嫌いだ」という身も蓋もない主人公ドギョン(チョン・ウソン)の独白で幕を開ける本作。気持ちはわかります。この映画に出てくる人間たちは人の皮を被った虫けら、犬、キツネ、オオカミ、悪魔のたぐいでありますから。まあそれが人間らしいっちゃらしいのですが。
そんな獣や悪魔が跳梁跋扈する架空都市アンナムは、さながら人間のクズ決定戦を開催しているお祭り騒ぎの様相。いかに自分がクズで、ゲスで、外道な、鬼畜であるかを競い合う地獄の頂上決戦。クズでゲスで外道な鬼畜でなければ生き残れない暗黒世界。
この映画の面白いところは、そんな最低最悪最凶人間決定戦映画においては本来ザコキャラとして序盤で退場するような、ただの犬を主人公としている点。そう、本作の主人公ドギョンはただの犬なのであります。しかもきつく首輪を絞められてしまった飼い犬。
そんなチワワがキツネやオオカミや悪魔から寄ってたかっての虐待を受け、血反吐のなかで屈辱にまみれ、やがて人相も変わり、コップをバリボリかじりながら悪魔の喉元になんとか一矢報いる機会を狙い続ける映画。そんな映画が面白くないわきゃなかろうが!
中間管理職の悲哀
「人間が嫌いだ」と世をすねている刑事のドギョンは、重病の妻の治療費を稼ぐため、街を牛耳る悪徳市長パク・ソンベ(ファン・ジョンミン)の犬として、汚れ仕事を一手に引き受ける忙しい毎日。つい今しがたも、市長の不利になる証人の口を丁寧にふさいできたところ。
しかし目立つ者は狙われる。なんとしても市長を検挙したい暴走検事のお眼鏡にかなったドギョンは、あの手この手で弱みを握られがんじがらめに陥り、市長の不正を暴くための証拠を持ってこねーとてめえは今すぐ地獄行きだ!と脅迫されるのだった……。
映画冒頭から、すでに飼い犬感、そして負け犬感が半端ないドギョン。悪人どもが悪人らしくしのぎを削るアンナムヒエラルキーにおいては、彼ごとき小物は中層がせいぜい。上からは首根っこつかまれてねじ伏せられ、下からは突き上げられる哀れな中間管理職。
証人の口封じに使った情報屋の“棒切れ”の無礼な態度に、「わかってるな」って感じで叩きつける制裁のこぶし。そこに現れて「俺にも市長の甘い汁おすそ分けしてよ~」とねだる上司。「何やってんすか兄貴?」と無駄に職業意識を張り切らせて棒切れを追う弟分のソンモ。
こんなはずではなかった。こんなはずではなかったが、この阿修羅へと足を踏み入れた時点でもはや自由意志などないも同然。上から下から押し寄せる難敵の渦のなかで右往左往するのが彼のさだめ。その非情な現実はすでにこのオープニングによって暗示されているのです。
巨悪の板挟み
良きことであれ悪しきことであれ、何事も覚悟がなければ頂点を極めることはできません。その点突き抜ける勇気のないドギョンとは違い、我らがパク・ソンベ市長にはいっさいの妥協がありません。人懐っこい笑顔ですべてを呑み込む覚悟もへったくれもない究極サイコパス。
彼のフリチンなんのそので突き抜けた成り上がり人生は、狂気と恐怖と底抜けで近寄る者みな力づくで呑み込んで、ねじ伏せて、自らの養分としてしまう悪の道を究めたキチガイ的カリスマに満ち満ちており、畏れながらも魅了された人間の道をも決定してしまうような魔力を有しているのでしょう。
そんな悪のカリスマに対抗する暴走微笑みデブ検事キム・チャイン(クァク・ドウォン)のふくよかないやらしさも負けてはおりません。悪に対するためには自らも悪へと堕ちる覚悟がなければ勝負にならない。彼の必殺技は小出しの脅迫と執拗なネチネチ攻撃。
ドギョンを従わせるために小出しに突きつけてくる脅迫ネタのグレードアップがいやらしさ全開でしたし、小物の飼い犬らしく目だけで精一杯の抵抗を試みるドギョンを辞表でペチペチ、スマホでパンパンしてくる執拗なプライドポッキン攻撃も地味に破壊力満点で、観ているこっちの心まで折りにかかる勢い。
こんな究極サイコパスと冷血デブが相手では、ドギョンなんぞ赤子も同然。てんで勝負になりません。しかも強いほうに、勝つほうに付くのを信条としている彼にも、どっちが勝つのかまったく予測がつかない。さらに悩ましいことに、上からの締めつけだけではなく下からの突き上げまで襲ってくる始末。
負け犬の遠吠え
自分の代わりに市長の下へと推薦した弟分ソンモの増長。班長殺しの罪を着せた棒切れによる逆襲。検事の部下から執拗に喰らわされる黒革手袋パンチの連打。上から下からの止めどない波状攻撃に身も心もズタボロのボロンボロンに成り果てていく中間管理職の悲哀。
そんな鬱憤を晴らすかのように、最後の一線を踏み越える覚悟を得ようとするかのように、市長の新たな資金源である覚醒剤密輸の実行部隊と繰り広げる大乱闘と、壮絶なカーチェイスへと自らを駆り立てるギリギリの緊張感。ついに狂気へと驀進し出した我らが負け犬ドギョン。
このカーチェイスシーンでのありえないカメラワーク、そして聞こえないドギョンの怒声と絶叫には、我らが愛する負け犬の魂の叫びがまざまざと刻みつけられており、バカにされ、踏みにじられ、身も心もボロ雑巾のようになった男の命の炎が煌々と燃え盛っており、同じ負け犬として涙を禁じえません。
もはや立っているのもやっとなぐらい傷だらけになり、屈辱にまみれ、妻の命も風前の灯火。そこに追い打ちをかけるようなキム検事による最後の決定的な脅迫。すべてが終わった。俺は負けた。これ以上何ができる?最後に何ができる?どんな爪痕を残せる?
悪の頂上決戦
窮鼠猫を噛む。追いに詰められた負け犬の最後の悪あがき。その一手とは、自分を虐げ続ける悪党ふたりを強引に引き合わせるというもの。市長に対する抑えがたい怒りや憎しみを抱えながら、その眼前でコップをガリボリかじるぐらいしかできない小物なりの精一杯の逆襲。
このシーンにおけるドギョンの凄まじい形相と照明の当て具合はほとんどホラー映画の領域であり、彼の覚悟のほどがうかがえますが、やはり最後まで飼い犬は飼い犬。事態の収拾、自身の無間地獄からの解放を、飼い主ふたりへと丸投げしたわけですね。
しかし、終始間違い続けてきたドギョンの選択は、事ここに至っても最悪の事態を招くことになるのです。悪と悪が引き合わされた結果、そこでいったい何が起こるのか?悪党同士のマウント合戦。より強い者、悪い者が存在することを相手へと見せつける本当の地獄の現出。
無間地獄へと囚われてもがき苦しんだドギョンは、知ってか知らずか最後の地獄を自らの手で現出させてしまったのです。より強大な悪の前でこれまでは強者だと思われていた存在がなすすべもなく全面降伏を強いられる、悪党の覚悟、真髄を見せつける韓国映画の本領発揮。
手斧やカタナが咲き乱れる流血乱闘パラダイスの眼福ぶりは、韓国ノワールを愛する変態さまにとっては「いよ!待ってました!」とばかりに美しいお花畑が眼前に広がる至福のときかと思われます。そんな血みどろお花畑でいよいよすべてを失った完全無欠の負け犬ドギョン。
同じ無間地獄へと引きずり込んでしまった弟分ソンモすら失ったドギョンは、断末魔のキワッキワでようやく最後の覚悟を固めます。ここに正義がまったくこれっぽっちも介在せず、単なる私怨による復讐心だというのがこの映画の偉いところ。人間のクズは最後までクズらしく笑って散っていくのです。
韓国映画の底力
かなり戯画化された暗黒世界のなかで、悪党どもが悪党らしくしのぎを削り、最後まで人間のクズのまま、欲望と、狂気と、私怨と、悲哀を爆発させて脳漿撒き散らしながら盛大に散っていく映画『アシュラ』。韓国映画の底力をまざまざと見せつけられた傑作でありましたね。
『哭声/コクソン』から始まり、今回レンタルでの鑑賞となった『アシュラ』と次回更新予定の『お嬢さん』。そして近々レンタル解禁となる『トンネル 闇に鎖された男』。さらには9月にここ日本での公開も決まった『新感染 ファイナル・エクスプレス』。
一時期の勢いは失われたせいで、日本での公開規模が縮小傾向にあるのが田舎者にはつらいかぎりですが、いわゆる韓流ブームとは縁遠いところで韓国映画はさらなる成長を、進化を遂げていたのですね。しばらく遠ざかっていた自分のなかで韓流ブームが起きそうな予感です。
とりあえず、絶対に『新感染 ファイナル・エクスプレス』だけは劇場で観るぞい!
個人的評価:8/10点
DVD&Blu-ray
VOD・動画配信
『アシュラ』が観られる動画配信サービスはU-NEXT、、。おすすめは定額見放題のU-NEXTとdTV(2018年12月現在。最新の配信状況は各公式サイトにてご確認ください)。
コメント
あのネチネチ攻撃の迫力は韓国映画お得意の顔面力あってのモノ!
見てる側にも溜まった鬱憤を爆発させてくれる終盤のカタルシスは今年隋一のものでした。
お嬢さんのレビューも楽しみにしておきます。
わるいノリスさん、コメントありがとうございます!
ネチネチ脅迫攻撃を仕掛けてくる側の顔面力も凄いのですけど、それを真正面から喰らったドギョンの負け犬顔面力も同じぐらい凄いのですよね。脅迫がグレードアップしていく過程でドギョンの負け犬顔面力も比例してもの凄いものになっていき、最後にはホラー顔負けにコップをガリボリかじり、狂ったような笑いでThe Endですから。いやはや恐れ入ります。
『お嬢さん』のレビューですが、何やら現在、心身ともに疲弊しきっておりまして、どうにも筆が進まない現状であります。年ですかね?夏バテですかね?なるべく早くあげるつもりではありますので、今しばらくお待ちを。
スパイクロッドさん、お久しぶりです。
当作は天然な演出でなかなか楽しめました。
監督がやろうとしたことがいい方向に空回りしたミラクル映画と僕は解釈しています。
グラスを飲んで全力でイキるシーンは吹きましたね。
監督は怖がらせる気なのか笑わせる気なのか、と。
韓国映画の中では当たりでした。
おーい生茶さん、こちらにもコメントありがとうございます!
この年の韓国映画は当たり作が多かったのですが、ボクのなかではこれがベストでしたね。なんかもう本当に負け犬の映画が好きでして(笑)。