2017年に『メッセージ』と『ブレードランナー 2049』が控える天才ドゥニ・ヴィルヌーヴの本邦初公開作。もはや巨匠の貫禄すらあるヴィルヌーヴの初期作品は、若気の至り全開の美しくも奇妙で残酷な爆笑映画だったぞ!
作品情報
『渦』
Maelström
- 2000年/カナダ/86分/R-15
- 監督・脚本:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
- 撮影:アンドレ・トュルパン
- 音楽:ピエール・デロシュール
- 出演:マリ=ジョゼ・クローズ/ジャン=ニコラ・ヴェロー/ステファニー・モーゲンスターン
解説
大女優の娘として生まれ、若くして経営者としての成功を収めた女性の転落と再生を描いた奇妙な人生悲喜劇です。DVDタイトルは『渦 官能の悪夢』。
監督は今年2017年に『メッセージ』と『ブレードランナー 2049』という期待の2作が控えるドゥニ・ヴィルヌーヴ。カナダのアカデミー賞に相当するジニー賞で初めて監督賞に輝いた記念すべき作品です(のちに『静かなる叫び』『灼熱の魂』でも受賞)。
主演は『誰のせいでもない』のマリ=ジョゼ・クローズ。共演に『神のゆらぎ』のジャン=ニコラ・ヴェロー、『スウィート ヒアアフター』のステファニー・モーゲンスターンなど。
感想と評価/ネタバレ有
『メッセージ』公開前に日本で観られるヴィルヌーヴの作品を完全制覇しておこうと、手始めに未見であったこの『渦』からスタートしてみました。ちなみにDVDタイトルは『渦 官能の悪夢』となっておりますが、「官能」は内容に関係ありませんのであしからず。
そんな官能性よりも、ある種の不条理を描き出したこの映画。ヴィルヌーヴ作品だからきっと超絶ヘビーなのだろうと思っていたら、意外や意外、質の悪いブラックジョークともいえる笑える映画だった新鮮な驚き。古い映画なのに新鮮。あなたこんなのも撮れたのね。
天才の若気の至り
大女優の娘として生まれ、何不自由なく育ってきた女性の自業自得による転落と再生の奇妙な偶然による物語を、これまた奇妙な奇形の魚が死の間際に語るという不思議な映画。奇形の魚の造形なんぞはカナダの先輩監督デヴィッド・クローネンバーグの影響なんかもチラホラ。
「死ぬ~死ぬ~死ぬ前にこの美しい物語を~」と言ってるそばから、ノルウェーのきったね~漁師にでっかい包丁でぶつ切りにされる奇形のお魚さん。と思ったらすぐさま桶から次のお魚さんが取り出されて、「さ~て続きを始めようか」なんてあまりにシュールな展開。
もうこの時点で大好物すぎて爆笑ですが、この奇形のお魚さんが語る物語はさらにぶっ飛んでいてもう大変です。もともと精神のバランスがやや不安定だった主人公は、中絶によってさらに悪化。へべれけ状態で前後不覚のまま運転中に魚屋のおっさんをはね飛ばす。
しかしおっさんは何を思ったかそのまま帰宅し、自宅の椅子で事切れる。酔いから覚めた主人公は「なんか轢いたかも?」と不安、不安、不安にさいなまれさらにおかしくなっていき、すったんもんだの奇妙な偶然に偶然が重なった末、なぜかおっさんの息子と結ばれる。
ね、こんなもん質の悪いブラックジョーク以外の何ものでもないでしょう?そんなブラックジョーク的物語を、ブルーを基調とした寒々しい映像のなかで、ひたすたクローズアップを繰り返しながら、象徴としての魚と水を挟み込み、不釣り合いな音楽によってけむに巻く。
なんという質の悪さ!でも面白い!その質の悪さが面白い!要約すると生まれながらにしてある種の業を背負った女性が、罪と偶然によって転落と再生を、そして赦しを得る物語といえるのですけど、まあほぼほぼ才気活発な監督の若気の至り映画というのが本質かも。
なんて美しい物語!
『灼熱の魂』で世に出たときからすでに完成されたテクニックを有する老練監督のようなたたずまいでしたが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ、あんたにもこんな若くてギラギラした時代があったのですね。単なるこけおどしのようにも見えるけどこれはこれでおもしれーよ。
特に近年のヴィルヌーヴ映画からは消えてしまった、「笑える」要素が絶品。前述したクローネンバーグ的奇形の魚を筆頭に、バカみたいな偶然が続く物語、地下鉄とバーに出没する謎のおっさん、魚屋一同復讐の誓い、ノルウェーの歌の真実、「あんたと寝たい!」etc.
よくよく考えると酷い話なのですけど、この思わず笑ってしまう偶然性の畳みかけがなんか気持ちいい、妙に魅力的な映画でありましたね。これまた妙な偶然でなぜか火葬にされてしまったおっさんは、故郷ノルウェーの海へとめでたく散骨されたわけであります。
ここから導き出される答えは、おそらく語り部である奇形の魚たちはおっさんの遺灰を食べてメタモルフォーゼした姿なのではないでしょうか?要するにおっさんの分身。おっさんの生まれ変わり。ああ~なんて美しい物語!
個人的評価:6/10点
コメント
この作品は日本での名義がデニ・ピルヌーブとなっていてなかなか見逃している作品ですよね。
僕はドゥニ・ヴィルヌーヴはプリズナーズを観て近年では最高のサスペンススリラーだと思い作品をチェックするようになりました。
そういえばこの作品と灼熱の魂の間に撮った「静かなる叫び」という映画が東京のヒューマントラストシネマ渋谷と大阪のシネ・リーブル梅田の特集企画で上映されてるみたいですね。(東京は上映終わってるみたいですが)
らびッとさん、コメントありがとうございます!
海外の方の名前の表記というのはもう永遠のジレンマですよね。母国語ではなく勝手に英語での発音に変えられて表記されたりしておりますし。確かポール・バーホーベンなんかも、当初はパウル・フェルヘーフェンとかいう母国語表記ではなかったでしょうか?今となっては「誰だそれ?」って話ですけど(笑)。
『静かなる叫び』はタイミングが合いましたらぜひとも観たいと思っている作品であります。大阪はこれからだったと思うのですけど、東京ではもう終わっちゃたのですね。なんとか観ることができたらまた感想をあげますので、そのときはまた遊びにいらしてくださいね!
あっタイムテーブルを見たら1月の上映は終わってるのですが3月にもまた上映予定のようでした。
僕は地方なのでソフト化を待つしかないのですが。
そういえばブレードランナー2049は撮影がロジャー・ディーキンスなので映像面でも楽しみです。
らびッとさん、コメントありがとうございます!
大阪では明日の1月29日に上映があるので、なんとしても馳せ参じるつもりでいたのですけど、不運なことに昨日からぢ病が悪化してしまいまして、長時間座ってられない状態となってしまい、現状では断念せざるを得ません。どうやらボクもソフト化を待つしかないようであります。
ロジャー・ディーキンスはヴィルヌーヴと組んだ『プリズナーズ』と『ボーダーライン』でも非常にいい仕事をしていましたからね。もういい加減オスカーを獲らせてあげてほしい。