『ヘレディタリー/継承』感想とイラスト 今でも聞こえるコッコッコッ!

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映画『ヘレディタリー/継承』ミリー・シャピロのイラスト(似顔絵)

死んだ祖母が遺した呪われた遺産。何者かによって隔離され、監視され、管理されたグラハム家のミニチュア人生。そんな彼らの呪われた運命の歯車がついに動き出したとき、聞こえてくるのはコッ…コッ…コッ……。

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作品情報

ヘレディタリー/継承

  • 原題:Hereditary
  • 製作:2018年/アメリカ/127分/PG12
  • 監督・脚本:アリ・アスター
  • 撮影:パヴェウ・ポゴジェルスキ
  • 音楽:コリン・ステットソン
  • 出演:トニ・コレット/ガブリエル・バーン/アレックス・ウルフ/ミリー・シャピロ/アン・ダウド

参考 ヘレディタリー/継承 – Wikipedia

予告編動画

解説

どこか謎めいていた祖母の死をきっかけとして、不可解な現象にさいなまれ出したグラハム一家の呪われた血脈と大いなる遺産を描いた、超絶顔面ホラー映画です。

監督は本作が長編デビュー作となる『ミッドサマー』のアリ・アスターで、サンダンス映画祭でのプレミア上映を皮切りに、「直近50年のホラー映画の中の最高傑作」「21世紀最高のホラー映画」という最高の賛辞を勝ち取った衝撃的デビュー作(この先が心配だ)。

主演は『シックス・センス』から『アバウト・ア・ボーイ』に『リトル・ミス・サンシャイン』でも大変なママさん役を演じていたトニ・コレット。共演には『ミラーズ・クロッシング』のガブリエル・バーン、『パトリオット・デイ』のアレックス・ウルフ、映画デビュー作にしてとてつもない怪音を発した子役ミリー・シャピロなど。

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感想と評価/ネタバレ多少

2018年、いやいや21世紀、おっとどっこい直近50年で最凶なホラー映画ですねん!と各方面から喧伝されまくっていた『ヘレディタリー/継承』。うむ、予告編動画を観るかぎりでは確かに怖そうじゃわい。ホラー映画好きとしてはこれを見逃すわけにはいくまい。

てなわけで、夜中にひとりで小便に行けず枕元に空のペットボトルを常備したくなるような恐怖を味わいに「お~いお茶」を喉へと流し込みながら出かけてまいりました。うむ、すでに膀胱がはち切れん勢いじゃわい。恐怖のあまり鑑賞中に失禁……いやいや、爆笑のあまり盛大なうれションをかます大迷惑をお許しください。

最凶ホラー?

祖母エレンが亡くなったグラハム家。娘のアニーは秘密主義で支配的だった母の死を素直に悲しむことができない複雑な心境を夫スティーヴンに吐露するが、祖母に溺愛されていた娘のチャーリーだけはその死に敏感に反応し、家族を覆う不穏な影を感知しているようだった。

そんなある日、高校のパーティへと行くために車を貸してくれと頼んできた息子のピーターに対し、妹のチャーリー同伴ならと条件をつけたアニーだったが、これが家族を最悪の状況へと引きずり込む罠だとはこの時点では知る由もなかったのだった……ってのが簡単なあらすじ。

どこか謎めいた存在だった祖母の死。それをきっかけとして家族の周りで頻発する不吉な現象。そして起こる最悪の事態。崩壊。圧倒的なまでの崩壊。その崩壊を引き起こしたのは祖母のせいなのか?彼女はいったい何者だったのか?彼女が家族に継承させたものとは果たして……。

という、「Hereditary(遺伝性の、親譲りの、世襲の)」呪われた血脈による怪異をミステリアスに、オカルティックに、そのくせ徹底的にロジカルに描いてみせたのが本作『ヘレディタリー/継承』で、その精緻に築き上げられた脚本、演出、音響、音楽には舌を巻きます。

しかしそれがイコール恐怖と結びつくとは限らない。ええ、あたくしこの映画を特に怖いとは感じませんでした。ちょいとロジカルすぎたかな?恐怖ってのはそのロジカルを超えた裂け目から漏れ出すものだと思っておりますので、きれいにストンと腑に落ちすぎだったかも。

外部からの視線

要するにもの凄くちゃんとした非常に完成度の高い作品というわけです。そらもうオープニングから見事です。ミニチュア模型アーティストであるアニーのアトリエから始まる本作。アニーの創作物はすべてプライベートなものであり、彼女の人生の再現です。

そのひとつ、息子ピーターの部屋のミニチュアから実際の彼の部屋へと視点が変わるアクロバティックな断面切り取り導入部。グラハム家の撮影はすべてセットをこしらえたという非常に贅沢なもので、この視点、距離感、作り物感は意図されたものであり、ここで作品の本質をすべて語っていると言っても過言ではない。

断面図、シンメトリー、ドリー撮影ってウェス・アンダーソンかい!(もしくはキューブリック)という映像群の連なりとはすなわちコントロールであり、人を、家族を、運命をコントロールしているわけ。グラハム家の人生は一切合切、何者かの管理下にあるというわけ。

映画撮影という外部において監督のコントロール下にあるのは当然として、内部でも彼らの人生は何者かによって監視、管理されているということを暗示しているわけです。アニーがミニチュア模型アーティストなのも偶然ではない。すべては意図的に仕組まれた運命の歯車。

真面目か!

その監視者とは何者で、どういう意図で、その視線、支配から逃れるすべはあるのか?というのを紐解いていくのが本作の肝ですが、前述したとおりすべての伏線や謎がきれいに回収された地獄絵図のなかで悪魔的着地を見せるロジカルさで、金田一耕助の等々力警部よろしく「よし、わかった!」と景気のいい手刀を切ることでしょう(いやそりゃわかってねーだろ)。

しかし恐怖とは「明確」さよりも「曖昧」さにこそ宿るもの。そういう意味では本作は別に怖くなかった。「ああ、なるほどね」という納得感はあっても、我々を永遠に沈み続ける底なし沼へと叩き落すような悪意は感じられなかった。そう、言うなれば真面目すぎるのだ。

すべてをコントロールし、論理的に組み立てられた脚本・演出のなかで、地獄絵図的で悪魔的ではあるがちゃんと筋道の通った着地点へと到達してみせる生真面目さ。このかっちりとしたスタイルはホラーではないような気がする。サスペンス?ヒッチコック?

殺しにかかる顔面芸

まあそれが悪いって話ではありません。事実、非常によく出来た、面白い作品だったわけですからね。ただボク的には巷で騒がれているほど恐怖は感じなかった。むしろ非常に面白かった。なんだったらもう爆笑悶絶もん。特に後半はこれ完全に笑かしにかかってるでしょ?

祖母の死をきっかけに家族へと降りかかる不可解な現象、やがて現実化する最悪の事態、それによって崩壊する家族の絆、その裂け目へと侵入してくるオカルティックな救済の魔の手。これへとすがる母親アニーの超絶顔面芸は我々を笑い死にさせようと企むトニ・コレット一世一代の表情筋トレーニング。

彼女を取り込んだオカルトババアの横で見事なリアクション芸を披露するトニ・コレットには、出川哲朗も上島竜平も真っ青のヤバいよヤバいよ聞いてないよ。そんなテンションえら上がりの彼女の横でひたすらリアクションうっす~い夫ガブリエル・バーンの棒切れ加減もそうとうツボ。しかも「お前かい!」芸まで披露。

そんな「お前かい!」の衝撃(笑劇?)によって渾身の表情筋大活躍からの弛緩なんて流れるようなスライディング。その後も「志村うしろ!」とか、高速天井頭突き100万回とか、空中ジーコジーコ切断祭りとか、ないのに土下座とか、もうホント我々を殺しにかかってくる笑劇テクニックの雨あられ!

これを死ぬほど怖い失禁地獄と見るか、それとも死ぬほど笑えるうれション天国と見るかは人それぞれですが、ボク的には「笑い死にさせる気かい!」と、盛大に左隣のポテチ喰いや右隣の鼻炎男に小便シャワーをかけたくなるパラダイス銀河であったことをご報告しておきます。

コッ!

それじゃお前はまったく怖くなかったのか?というのもちょっと違って、「怖い」というよりかは「なんかやな感じ」ですよね。前半はその「なんかやな感じ」でじわじわと真綿で首を絞めてきており、後半から突如として顔面笑い殺し芸へと振りきれる印象です。

そういう意味ではボクは前半のほうが好きかもしれない。正体不明な状態で何かがおかしい違和感を、不気味なスコアと緩慢なカメラワークで静かに丁寧に中途半端な距離から眺め続けている不可解な家族の肖像。だいたいこのグラハム家は家族構成としてまずおかしいですよね。

トニ・コレットとガブリエル・バーンの息子がアレックス・ウルフという違和感。祖母の葬式で虚空を見つめながら一心不乱に絵を描き、チョコレートをほおばる娘チャーリーのふてぶてしさ。アニーが造る精巧なミニチュア模型。棒切れ加減が半端ない夫のガブリエル・バーン。

すでに幸せな家族などでは断じてない絶妙の違和感とアンバランスさ。開始早々から崩壊の予感がにじみ出ているグラハム家の呪われた運命。それがついに現出する前半のハイライトにおける、当事者の動揺と恐怖と不安の果てに選択した逃避を映し出した時間は最高最悪に「やな感じ」です。

あまりに気持ちが理解できて自分もそうなる可能性が高い、しかしそれはしちゃいかん、ああ~でもわかる!寝よう。寝て起きたらまた元の人生だ。きっとすべて元どおり。きっと、きっと………うぅおおおぉうがぁあごぉおうおおぉうぎぃよぉおおぉおぉぉおおうんがぁっ!

という逃避と慟哭から始まる崩壊、圧倒的なる崩壊。あんたそれを言っちゃおしまいよ、とも思える言葉による殺人でもありますが、この裏には運命へと逆らおうとあがく無意識の格闘、つまりは家族の愛がちゃんと隠されておるのです。しかし家族とは愛以上に厄介なもの。

たぶん愛のない家族なんて存在しない。しかし、それを超えた因果として家族とは厄介なしがらみであり結びつきなのです。最凶ホラーという仮面を借りたそんな家族の逃れられない血脈を描いたのが本作『ヘレディタリー/継承』だったのかもしれません。

最後に、巷の評判に反して「怖くない、これは爆笑映画だ」と連呼してきた筆者ですが、実はひとつだけ心底恐ろしかったものがあります。それは「コッ」。「コッ」が最初に発せられたときから飛び上がるぐらいに怖かった。あれがなんなのかいまだによくわかりません。

よくわからないがゆえに心底怖い「コッ」。この映画を観て以来きっとあなたにも聞こえ続けているあの「コッ」。車で、電車で、教室で、オフィスで、トイレで、お風呂で聞こえてくるでしょ?「コッ…コッ…コッ…コッ……コッ!」って?

個人的評価:7/10点

DVD&Blu-ray

VOD・動画配信

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私的最凶ホラー映画の感想はこちら

ホラー映画好きにおすすめ

コメント

  1. アリョー より:

    いつも楽しく拝見してます。ホラー大好きな者です。

    この映画で死んだお母さんが付けてたネックレスの紋章がありますよね。
    DVDで見て気付いたんですが、お兄ちゃんが妹を乗せてパーティ会場に向かうシーンで例の電柱が一瞬映ります。で、その電柱にその紋章が刻まれてるんです・・・よおく見ないと分からないのでゾッとしました。

    スパイクロッドさんはお気づきでしたか?

    • アリョーさん、コメントありがとうございます!

      自慢じゃないけど自慢です。いちおう初見で気づいておりました。「あれはなんだったんだろう?」という疑問がのちのちキレイに紐解かれていく、伏線回収が実に小気味よい作品で、そういう意味ではホントに完成度が高いんですよね。でもボク個人としてはそれが長所であり短所でもあると思っております。ホラーはそんなにカッチリしてないほうがいいんですよね。ちょっとフワッとしてるぐらいがちょうどいいと思います。

  2. おーい生茶 より:

    スパイクロッドさん、お久しぶりです。
    ヘレディタリーは期待のハードルを目一杯あげて見たのが失敗でした。
    言いたいことは山ほどありますが絞って書きます。

    まず当作はまったく怖くありませんでした。
    びっくりするシーンはありましたがその何倍もイライラしました。
    ちんたら不快感を煽る割には勝負ショットがショボく話の着地にも不満です。
    作り込んだ家のセットと演出がミスマッチだと思います。
    広すぎる室内が密閉感を薄め、多すぎる雑貨が観客の視点を分散させます。
    このセットなら室内を移動しまくるか信徒を大量に出さないときついです。
    また離れ小屋があるのに屋根裏部屋を使うのも疑問です。

    次に役者陣についてです。
    女優の顔芸は予告編の映像素材としては100点だったと思います。
    ですが本編内では浮いた芝居になっており、「がんばったで賞」レベルですね。
    終盤の全裸でニタつくパパ映像、あそこは全体で一番良かったです!

    当作はホラー映画ファン同士で「あのシーンはあの映画に似ている」や
    「俺が監督ならこう撮っていた」を語るのには向いているでしょう。
    僕は「普通の人々、エスター、デアボリカ、ビヨンド」に似てるなと思いました。
    オサレなA24映画にマカロニホラー演出は絶対無理でしょうが。

    • おーい生茶さん、コメントありがとうございます!返信が遅くなってしまって申し訳ありません。

      ホラー映画として怖いか怖くないかで言ったら、ボクもあまり怖いとは思いませんでしたね。でも話としてはよく出来ていたと思いますよ。よく出来すぎているぐらいで、ボクはそこが逆に面白くなかったんですけどね。トニ・コレットの顔芸も含めて唐突な後半の展開は、いくら伏線があったとしても疑問は残りますが、なんというかすべてをコントロールしたいと考えている監督なのかもしれませんね。それが長所であり短所でもあると思うのですが。