背中から始めて、脳でイク。ヴァーチャル映画の先駆者クローネンバーグが世紀末に放った進化論。何?もはや時代遅れだって?いやいや、追いつけたとしても追い越せないのがトップランナーたるゆえんよ。
作品情報
『イグジステンズ』
eXistenZ
- 1999年/カナダ、イギリス/97分
- 監督・脚本:デヴィッド・クローネンバーグ
- 撮影:ピーター・サシツキー
- 音楽:ハワード・ショア
- 出演:ジュード・ロウ/ジェニファー・ジェイソン・リー/イアン・ホルム/ウィレム・デフォー/ドン・マッケラー/カラム・キース・レニー/クリストファー・エクルストン/サラ・ポーリー
解説
脊髄に開けた穴を介してゲーム機とつながるヴァーチャルリアリティゲーム。新作ゲームの発表会で命を狙われた天才女性ゲームデザイナーと、冴えない警備員とが巻き込まれる予測不能な闘いを描いたSFスリラーです。
監督は『戦慄の絆』の我が心の師、デヴィッド・クローネンバーグ。第49回ベルリン国際映画祭で芸術貢献賞受賞。主演は『キング・アーサー』のジュード・ロウと『ヘイトフル・エイト』のジェニファー・ジェイソン・リー。
共演に『未来世紀ブラジル』のイアン・ホルム、『L.A.大捜査線/狼たちの街』のウィレム・デフォー、『ジグソウ:ソウ・レガシー』のカラム・キース・レニー、『28日後…』のクリストファー・エクルストン、『ドーン・オブ・ザ・デッド』のサラ・ポーリーなど。
感想と評価/ネタバレ多少
『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』から派生した『マトリックス』が世に出た1999年。同じ年にヴァーチャル映画の先駆者とも言えるクローネンバーグが放ったのがこの『イグジステンズ』ですが、初見の印象としてはついに師匠も時代に追いつかれたかと思ったもんです。
今回Blu-ray盤を購入して久々に鑑賞してみたのですが、当時の印象が変わることはありませんでした。『ヴィデオドローム』の頃はぶっちぎりの独走状態でしたが、『イグジステンズ』ではついに後続に追いつかれ、ひょっとすると後塵すら拝しているかもしれません。
セルフリメイク
舞台はおそらく近未来。脊髄にバイオポートという穴を開け、ヘソの緒のような生体ケーブルを挿し込み、突然変異した両生類の有精卵から作られたゲームポッドと人体とを直接つなぎ、ヴァーチャルリアリティ空間でゲームを楽しむことが当たり前となった世界。
天才ゲームデザイナーのアレグラ・ゲラーが開発した新ゲーム、『イグジステンズ』の発表会で突如として巻き起こった狙撃事件。ゲームを敵視する現実主義者(リアリスト)から命を狙われたアレグラは、警備員のテッド・パイクルとともにその場を脱出。
事態の真相を突き止めるため、『イグジステンズ』をプレイすることにしたふたりだったが、やがてその不可思議な世界に現実感を喪失していき……というのがこの映画のだいたいのあらすじ。ええ、そうです。ほぼクローネンバーグの出世作『ヴィデオドローム』と一緒です。
『ヴィデオドローム』で描いた人の革新と対立をよりわかりやすいかたちで再構築したのがこの『イグジステンズ』なわけですが、変態難解ヴァーチャル落語をさらに突き進んだというよりかはセルフリメイクのような塩梅で、どこか後退しているように映ってしまうのは残念。
エロ革命
まあそれでも十二分にぶっ飛んではおるのですけどね。突然変異した両生類を解体し、その有精卵を培養して生み出される有機体生物ゲームポッド。起動時の愛撫感のいやらしさは半端ねーです。それは脊髄に直接穴をあけて取り付けられるバイオポートにしてもしかり。
その形状は膣というか肛門というかまあとにかく卑猥な穴ぼこで、そこに潤滑剤をぬりぬり、人体とゲームポッドとをつなげるためのアンビコードと呼ばれるヘソの緒的なコードをおもむろに挿入するわけですが、いちいち「あっふぅぅん♡」とかなっておるわけですな。
性の概念を革新化させようと目論むクローネンバーグにとっては、つまりこのヴァーチャルリアリティゲームは性行為の代替品、もしくは進化形というわけです。人間が古い価値観から解き放たれ、自由な発想や快楽による進化、革命を遂げることを推奨しているわけなのです。
これでダメなら全部ダメ
この『イグジステンズ』と『ヴィデオドローム』をヴァーチャルリアリティへの警鐘と勘違いしている方もおられると思いますが、実は真逆なのです。クローネンバーグはゴリゴリのヴァーチャル推進派なのです。彼にとっては現実とヴァーチャルは等価だと言えるでしょう。
何が現実で何がゲームで、誰が敵で誰が味方なのか皆目わからなくなっていく本作の混沌を見れば一目瞭然。もはやそこにはなんの違いもありません。どちらも現実。惜しむらくはゲームの自由度がやたらと狭いことで、この点に関しては一種の批判が入っているかも。
その人が信じるものこそが現実であり、もはやすべての現実はヴァーチャルであり、ヴァーチャルもまた現実である。それは時に危険を伴うものであるが、実は誰しもがそういう世界を生きているのだというあのオチ。まあラストのセリフなんかは完全に蛇足ですけどね。
多分にファンサービス的な色合いの濃い本作。ちょっと露骨にサービスしすぎたのかもしれませんね。我々クローネンバーグチルドレンは師匠にそんなやさしさは求めていないのです。ひたすら難解で変態で混沌とした革命を驀進する唯一無二のクローネンバーグ道。
勝手な弟子を自認するボクが愛してやまないのはそんな脱出不可能な迷宮であり、そんな曲がりくねった内臓世界を永遠にさまよい続けたいのです。しかしこの『イグジステンズ』を機に師匠はまた新たな道をワッシワッシと切り開いていくわけですから、いやはや恐ろしや。
『スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする』の商業的失敗のあとに作られた、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』『イースタン・プロミス』『危険なメソッド』『コズモポリス』、そして『マップ・トゥ・ザ・スターズ』。クローネンバーグ道はいまだ予測不可能に開拓中です。
そのための総括として、『イグジステンズ』のような作品が必要だったのかもしれませんね。だいたい「背中から始めて、脳でイク」なんて形容される映画は世界広しといえどもクローネンバーグぐらいのもんで、一般的に見ればその変態性には十二分なものがあったでしょう。
とりわけ中華料理屋のスペシャルメニューから抽出、組み立てられるグリッスル・ガンだけでも一見の価値はありすぎるぐらいにあると思います。クローネンバーグ入門編としては最適かとも思いますが、これでダメなら『ヴィデオドローム』なんて絶対に無理でしょうね。
個人的評価:6/10点
コメント
昔、最初に小説版を読んだんですよ。
したらば、世界観設定がぶっ飛びすぎてて文章で読んでも中学生の脳みそにはなに一つリアルには思い描けない。
生体ゲーム機だの骨の銃だの言われても、SFつったら攻殻機動隊とアミテージ・ザ・サード、敵は海賊くらいしか知らないティーンにはわけわかめ過ぎたです。
そして後年、映像で見たらやっぱりガジェットの説明がなかなか意味不明という。
懐かしい思い出。
(눈_눈)さん、コメントありがとうございます!
『イグジステンズ』の小説版なんてあったんですね、知りませんでした。調べてみたらクローネンバーグ本人が書いたものではないようですね。しかしそんな小説を中学生で読もうだなんてさすがは(눈_눈)さん(笑)。映像という助けがあっても難解深いわかんないのわけわかめですのに、それを文字で起こされても中学生にはさっぱり理解不能でしょう。おっさんになった今観ても「よくこんなん思いつくな!」っていうド変態世界ですから(笑)。
横レス失礼致します。しかもノベライズしたのが「奇術師」のクリストファー・プリーストで、翻訳と解説が柳下毅一郎(私は柳下氏の解説が読みたいだけの目的で購入しました)ですので、買って損はないかと思います。
o_nnさん、こちらにもコメントありがとうございます!
あ、柳下氏が翻訳と解説を担当しておるのですか!柳下氏の『クラッシュ』評にはおおいに感銘を受けた記憶があります。ちょっとブックオフとかで探してみようかな?(あるのか?)
私がこの映画で一番好きなのは奇形生物たちが養殖池の中をピチピチピチーッ!っと元気よく泳いでいるところで(バカですね)、このシーンに来るといつも下品な笑いが込み上げてくるのはどうしてだろうと長年考えておりましたが、これって実は「シャーレの中に精子入れて顕微鏡で観察している光景とまったく同じ」だからではないかと、最近気が付きました次第…
o_nnさん、コメントありがとうございます!
わかります!わかります!あれはいいですよね!クローネンバーグの映画って確かに対象をねちっこく観察、解剖、解体しているような感じがありますので、o_nnさんのいだいた感情はしごくまっとうなものなのかもしれません。万人には受け入れられませんがね(笑)。それが師匠の映画が好きになってしまった者の宿命です!